九州大学(九大)、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)、理化学研究所(理研)の3者は9月13日、二次元の共形場の量子論について、エネルギー透過率、情報量透過率、そして場の量子論の「ヒルベルト空間」の大きさの指標(正確には、高エネルギーでの状態数の増加率)の3つの量の間に、「(エネルギー透過率)≤(情報量透過率)≤(ヒルベルト空間の大きさの指標)という明解な不等式が成り立つことを示したと共同で発表した。
同成果は、九大 高等研究院の楠亀裕哉准教授(理研 数理創造プログラム 客員研究員)、Kavli IPMUの大栗博司教授(米・カリフォルニア工科大学 教授兼任)、米・テキサス大学のAndreas Karch教授、同・Hao Yu Sun研究員、同・Mianqi Wang大学院生ら国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physics Review Letters」に掲載された。
2つの量子多体系(「場の量子論」とも呼ぶ)を接合させた際、その間に生じる「境界面」をエネルギーや情報がどの程度透過するのかを理解するのは重要な課題であるが、実際にこの透過率を計算することは困難だという。今回の研究では、量子多体系のうち、特に扱いやすいクラスである量子臨界系(共形場理論)に焦点が当てられているが、たとえ共形場理論に焦点を絞っても透過率の計算は依然として困難であることがわかっている。その理由の1つは、物理の理論研究において強力なツールである対称性を、境界面が壊してしまうためとのこと。
そこで研究チームは今回、境界面の研究における潜在的な難しさを、(1)「三次元量子重力理論」(一般相対性理論と量子力学を統一した理論において、現実の四次元時空よりも一次元減らした三次元を扱ったもの)と「二次元共形場理論」(「共形対称性」と呼ばれる高い対称性を持つ場の理論)の間の対応関係(ホログラフィー原理:d次元共形場理論はd+一次元量子重力理論と等価であるとする原理)を境界面に応用することと、(2)エネルギーと情報量を個々に調べるのではなく、両者の「関係」を着目することの2つのトリックにより乗り越えることにしたという。
研究の結果、エネルギー透過率、情報量透過率、そして場の量子論の「ヒルベルト空間」(複素数を係数に持つベクトル空間(線形空間)であり、内積が定義されていて、かつ完備(敷き詰まっているイメージ)されている元々は数学の概念の空間のこと)の大きさの指標(正確には、高エネルギーでの状態数の増加率)の3つの量の間に、(エネルギー透過率)≤(情報量透過率)≤(ヒルベルト空間の大きさの指標)という、驚くほどシンプルな不等式が成り立つことが示されたとした。この不等式は、「エネルギーを通すためには、情報を通す必要があり、そのいずれもが十分な状態数を必要とする」ことを意味するという。また、今回の研究では、これより強い不等式はあり得ないことも示されたとした。
エネルギー透過率と情報量透過率は、いずれも重要ながら計算することが困難な量であり、またその間に関係があることは、これまで知られていなかったが、今回の研究により、それらの量の間の不等式を示すことで、この重要であるが困難な問題に新しい光を当てることに成功したとする。シンプルゆえに汎用性の高い不等式であるため、今後の境界面の研究に幅広く応用されていく可能性があるという。たとえば、情報量透過率が本質的な役割を果たす、弱測定や擬エントロピーといった情報量などの研究に新しい方向性をもたらすことが期待されるとした。また、近年「物理」と「情報」の融合領域が盛んに研究されているが、両者の関係の理解を深めることにも役立つ可能性があるとしている。