高エネルギー加速器研究機構(KEK)、J-PARCセンター(J-PARC)、京都大学(京大)、総合研究大学院大学(総研大)、筑波大学、ファインセラミックスセンター(JFCC)の6者は9月6日、革新型蓄電池(ポスト・リチウムイオン電池)の開発において重要なキーマテリアルとなる、全固体フッ化物電池で使用するフッ化物イオン導電性固体電解質「Ca0.48Ba0.52F2」(以下「固体電解質(1)」)のイオン伝導メカニズムを原子レベルで解明したと共同で発表した。

同成果は、KEK 物質構造科学研究所 中性子科学研究系の森一広教授(総研大 先端学術院 物質構造科学コース/茨城大大学院 理工学研究科 量子線科学専攻兼任)、同・ソン・スンヨプ特任助教、同・齊藤高志特別准教授、京大 成長戦略本部の佐藤和之特定研究員、同・福永俊晴研究員(名誉教授)、同・大学大学院 工学研究科の安部武志教授、JFCCの小川貴史主任研究員、同・桑原彰秀主席研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するエネルギー変換と貯蔵に関する学際的な分野を扱う学術誌「ACS Applied Energy Materials」に掲載された。

  • 固体電解質(1)中をフッ化物イオンが高速で流れていくイメージ

    固体電解質(1)中をフッ化物イオンが高速で流れていくイメージ(出所:共同プレスリリースPDF)

蛍石型構造を持つフッ化カルシウム(CaF2)やフッ化バリウム(BaF2)は、全固体フッ化物電池において重要な高電圧下での利用が期待されるが、その反面、イオン伝導率が低いことが課題だ。しかし、CaF2とBaF2を原子レベルで混合することで、イオン伝導率が飛躍的に向上することが知られている。たとえば、今回の研究対象である固体電解質(1)の電気伝導率(またはイオン伝導率)は、CaF2とBaF2それぞれと比較すると、3~5桁程度も高かったとする。しかし、CaF2-BaF2系のフッ化物イオン(F-)の分布やその伝導メカニズムは不明のままだったという。

  • フッ化物電池の動作原理

    フッ化物電池の動作原理(出所:共同プレスリリースPDF)

中性子回折は、重元素を含む化合物中の軽元素の位置決定を得意としている。そこで研究チームは今回、CaやBaのような重元素を含むCaF2-BaF2系固体電解質の場合、中性子回折を利用することで、Fの原子位置をより正確に決定できることに着目したとする。また、Fの核密度分布を可視化することができれば、F-のイオン伝導経路を特定することができる可能性も考察したとする。そこで今回の研究では、熱プラズマ法で作製した固体電解質(1)を用いて、中性子回折を用いた実験を行い、本系の原子配列と核密度分布を精密に決定することにしたという。

  • 特殊環境中性子回折装置SPICA

    特殊環境中性子回折装置SPICA(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の研究では、中性子回折を利用した蓄電池研究を推進するためにJ-PARCに建設された、特殊環境中性子回折装置「SPICA(スピカ)」を用いて実験が行われ、さまざまな温度で固体電解質(1)の中性子回折データが測定された。同装置の特徴は、原子レベルで蓄電池や電池材料を観察できるようにデザインされている点となっている。また、良質な固体電解質(1)を作製するため、検討を重ね、熱プラズマ法が採用された。これにより、より精密な構造解析を行うことが可能となったとする。

  • 固体電解質(1)およびCaF2、BaF2の電気伝導度の温度変化

    固体電解質(1)およびCaF2、BaF2の電気伝導度の温度変化(出所:共同プレスリリースPDF)

  • 固体電解質(1)の結晶構造解析の結果(573K)

    固体電解質(1)の結晶構造解析の結果(573K)(出所:共同プレスリリースPDF)

SPICAを用いて集められたデータを用いて「リートベルト解析」を行うことで、固体電解質(1)の結晶構造(絶対温度573K=約300℃)を得ることができたとした。さらに、「最大エントロピー法」により核密度分布を求めることで、イオン伝導に必要な格子間サイト「□F」を明らかにし、「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路の可視化に成功したという。

  • 573Kにおける固体電解質(1)(MI=Ca0.48Ba0.52)の結晶構造(左)と核密度分布(右)

    573Kにおける固体電解質(1)(MI=Ca0.48Ba0.52)の結晶構造(左)と核密度分布(右)。赤線は「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路。□Fは格子間サイトに相当する(出所:共同プレスリリースPDF)

  • 固体電解質(1)およびCaF2、BaF2の逆モンテカルロモデリングの結果と局所構造(室温)

    固体電解質(1)およびCaF2、BaF2の逆モンテカルロモデリングの結果と局所構造(室温)(出所:共同プレスリリースPDF)

結晶構造解析より得られた原子変位の大きさを示す値から、Fの配置が乱れていることを推測できるが、より具体的なFの位置を調べるため、「二体分布関数データ」を用いて「逆モンテカルロモデリング」が行われた。CaF2とBaF2の場合、Ca、BaとF原子が規則正しく配列しているが、固体電解質(1)では原子配列が乱れている様子がわかる。これは有効イオン半径が小さいCaと有効イオン半径が大きいBaが混合したことで構造の歪みが誘発され、それによってFの位置も局所的に乱れたことが考えられるとする。「-F-□F-F-」イオン伝導経路内において、CaF2やBaF2では見られなかったFの原子配列の乱れが、伝導経路内のイオン流れ(イオン伝導率)の向上に大きく寄与していることが突き止められた。

  • 固体電解質(1)のフッ化物イオン伝導経路と原子配列の乱れを重ね合わせたイオンの流れのイメージ

    固体電解質(1)のフッ化物イオン伝導経路と原子配列の乱れを重ね合わせたイオンの流れのイメージ。赤線は「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路(出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームでは、今回の研究成果により、フッ化物イオン伝導体のイオンの流れに関する理解をより深めることができたと考えているという。さらに、フッ化物電池は革新型蓄電池の最有力候補の1つだが、その材料開発に大きく貢献することも期待されるとしている。