東芝ならびに東芝電波プロダクツは、機械式・光学式と同等の高精度を実現しつつも、ドローンなどの小型モビリティに搭載可能な小型化を可能とする独自のMEMS技術を活用した慣性センサモジュールを開発したこと、ならびに同モジュールの応用製品となる可搬型高精度「ジャイロコンパス」を開発したことを発表した。

同成果の詳細は、9月1日~4日にかけてハンガリーで開催されたセンサやMEMSの分野の欧州学会「EUROSENSORS XXXVI」にて発表された。

少子高齢化やコロナ禍を受けて、リモート作業技術が急速に進歩しており、社会インフラの点検分野などでドローンなどの自律モビリティの活用による無人化/省人化要求が高まりを見せている。

しかし、そうした自律モビリティが、社会のさまざまな場所で作業を安全に継続して行っていくためには、自己の位置を正確に把握する高精度な自己位置推定技術を有する必要がある。従来手法であれば、GPSをはじめとするGNSSによる位置推定を活用するという発想になるが、建物の影やトンネル内部、水中などでは衛星からの電波は届かずに、位置精度が悪化するという課題があった。あらゆる環境下で高精度な自己位置推定を実現することを念頭に東芝では加速度センサとジャイロセンサで構成される慣性センサを活用した慣性計測装置に着目し、この高精度化を図ることを目指してきたという。

  • 慣性センサの概要

    慣性センサの概要 (資料提供:東芝/東芝電波プロダクツ、以下すべて同様)

慣性センサ自体はスマートフォン(スマホ)にも搭載されるなど、すでに幅広い分野で活用されているが、主にMEMS技術が用いられて作られる小型のものの場合、1時間ほどでジャイロセンサで数十度の傾きが生じてしまうという課題があった。一方、高精度を実現できる機械式や光学式といった慣性計測装置もあるが、大型かつ高価格で、小型のドローンなどに搭載するにはコストとサイズが見合わないという課題があったという。今回の研究は、この中間の領域である小型のモビリティなどをターゲットに、機械式・光学式と同等の高い精度と小型モビリティに搭載可能な省スペースの両立を目指した開発が進められた。

  • 今回の研究開発のターゲット領域

    今回の研究開発のターゲット領域

開発目標は、2021年の防衛装備庁安全保障技術研究推進制度を活用する形で、10cc級(ペットボトルのキャップサイズ)の大きさで1NM/hの精度、そして160dBのダイナミックレンジ(DR)の実現という3点が掲げられている。特にこの精度はナビゲーショングレードと呼ばれ、バイアス安定性(BI)としてジャイロセンサでは0.01dph(1時間あたり0.01°のズレ)、加速度としては1μGの達成を目標として開発が進められてきたとする。

  • 2021年の防衛装備庁による国プロに採択

    2021年の防衛装備庁による国プロに採択される前から東芝では小型MEMSセンサの開発を進めていたという。グループ内に東芝電波プロダクツのようなインフラ系の会社がいたことから、半導体を主体とする国プロとは異なる方向性の国プロに採択されることができたとする

開発された技術的な特長

従来のMEMSを用いた慣性センサの仕組みは、MEMS内の重りの振動に回転が加わると、振動する直角の方向にコリオリ力が発生。どの程度の振幅であるかを測定することで角速度を導き出している。また、加速度については、加速度で変化する重りの動きをバネで計測して、その変位から導き出している。いずれの計測でも変位を使うため、変位が大きい方が高い精度を出せるが、変位を大きくすると計測範囲の限界に到達しやすくなり、ある程度状の大きな値(DR)を計測できなくなるというトレードオフの関係があり、高精度化にはこの問題を解決する必要があった。

  • 従来のMEMS慣性センサの仕組み

    従来のMEMS慣性センサの仕組み

そこで今回の研究では、検出原理を工夫することで、フーコーの振り子の原理から角度を直接検出するジャイロセンサ(MEMS角度直接検出型ジャイロセンサ、MEMS-RIG)を開発。加速度についても、共振周波数が変わるという検出原理を使った加速度センサ(MEMS差動共振型加速度センサ、MEMS-DRA)を開発。これらは基本的に変位を活用しないため、ダイナミックレンジを気にせずに高精度な測定が可能だという。

  • 今回開発したMEMS-RIGとMEMS-DRAの概要

    今回開発したMEMS-RIGとMEMS-DRAの概要

  • 慣性センサモジュール

    開発した技術を搭載した慣性センサモジュール

  • 開発された慣性センサモジュールの精度

    開発された慣性センサモジュールの精度

開発ジャイロセンサを活用したジャイロコンパスを試作

これらの技術を活用して開発された慣性センサモジュールのサイズは手のひらほどの大きさ(12cm×8cm×2cm、200cc弱程度)で、これを今回の研究開発では東芝電波プロダクツがジャイロコンパスに応用。その試作機の性能評価も行っている。

ジャイロコンパスは地球の自転を測定することで、北の方角を推定するもので、地磁気を使わずに方位角を測定できるという特徴をもつ。ジャイロコンパスを北に向けると地球の自転がプラス方向で計測される。緯度により若干異なってくるが、同社の研究拠点がある神奈川県川崎市では12.3°ほどで、東西に向くと、自転方向と回転検出方向が直交するため検出できずに角度はゼロとして導き出されることとなり、逆に最大出力の時が北を向いているということとなる。

  • ジャイロコンパスの概要

    ジャイロコンパスの概要

ジャイロコンパスはさまざまな手法のものが存在しているが、高精度を達成できる機械式・光学式のものは数十リットルクラスの大きさとなり、可搬が難しいという課題がある。一方のMEMSジャイロコンパスは、小型にはできるものの精度は1~1°弱程度とナビゲーショングレードの精度からは程遠いという問題があった。今回開発された技術を活用したジャイロコンパスでは、大きさは約4リットルほどで、重さも約4kgでありながら、0.056°の方位角精度(1km先で1m以内の誤差)で真北推定を実現したとのことで、これは計算上では1/1000ラジアンで、高精度なジャイロコンパスとしての指針の値を達成したとする。

  • 開発されたジャイロコンパス

    開発されたジャイロコンパスの外観

  • 開発したジャイロコンパスの方位推定精度

    開発したジャイロコンパスの方位推定精度

なお、東芝ならびに東芝電波プロダクツでは、今回開発した慣性センサモジュールならびに可搬型ジャイロコンパスについて、いずれも製品化できるレベルには精度的には到達したとしている一方で、モジュールとしての開発目標となる10cc級を実現するためにはさらなる回路の専門半導体化などによる小型化が必要であり、フレキシブルにダウンサイジングを進めつつ、ニーズに応じた市場に提供していくという戦略を採用したいとしているほか、今後の研究開発の方向性としては、今回の研究は温度変化を制御した環境での計測であるため、実用化のためにはロバスト的な環境の温度変化でも安定状態を維持できるのかを踏まえた研究などを進めていきたいとしている(国プロとしては2025年度末までに試作品を開発し動作させるというのが研究開発目標の到達点となっている)。

また、ジャイロコンパスについては、2026年度以降、船や航空機、レーダーなどをターゲットに製品化を目指していくとしているほか、バッテリの工夫などでこちらもさらなる小型化ができるとの見通しを示している。