名古屋大学(名大)、東京農工大学(農工大)、日本大学(日大)、九州大学(九大)、科学技術振興機構(JST)の5者は8月27日、鉄系高温超伝導体のうち、最も実用化が期待されている鉄系超伝導体「(Ba,K)Fe2As2」(以下、Ba122:K)で、粒界(多結晶体の内部に存在する結晶粒と結晶粒の境界のこと)においても高い超伝導性能を有することを明らかにしたと発表した。
同成果は、名大大学院 工学研究科の畑野敬史准教授、農工大 工学部 生体医用システム工学科の秦東益大学院生、同・内藤方夫シニアプロフェッサー、同・山本明保准教授、日大 生産工学部 電気電子工学科の飯田和昌教授、九大の郭子萌博士研究員(研究当時)、同・ガオ・ホンギ博士研究員、同・斉藤光准教授、同・嶋田雄介准教授、同・波多聰教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学全般を扱う学術誌「NPG Asia Materials」に掲載された。
超伝導体を利用した強力磁石は現在のさまざまな場面で必要とされているだけでなく、今後の技術にも重要だ。現在、銅酸化物高温超伝導体では、常圧化での超伝導が発現する超伝導転移温度(Tc)が絶対温度134K(約-139℃)となっているが、さらに高いTcと、高い超伝導臨界電流密度(Jc)が求められている。
高温超伝導体といえば、銅酸化物超伝導体や鉄系超伝導体が知られるが、どちらも「粒界弱結合」という深刻な問題を抱えていた。これは、超伝導体を構成する結晶粒の境界(粒界)において、結晶方位のずれ角(粒界角)がある臨界角度を超えると、超伝導電流が劇的に低下してしまうもの。この問題を解決しなければ、多結晶形態での超伝導体の実用化は難しいと考えられている。材料中に粒界がない単結晶形態であればこの問題は発生しないが、大量生産が求められる分野においては、単結晶形態材料の製造難易度と高コストが大きな障害となってしまうという。つまり、多結晶形態でも高い超伝導特性を維持できる材料の開発が喫緊の課題となっているのである。
鉄系超伝導体の1つであるBa122:Kは、約38K(約-235℃)という高いTcを持つことに加え、多結晶形態での超伝導電流の劣化が他の高温超伝導体と比較して小さいことから、産業応用への大きな可能性を秘めた高温超伝導材料として注目されている。
しかしBa122:Kにおいては、多結晶形態での超伝導特性を決定づける粒界特性に関する情報(粒界における超伝導特性の劣化の程度)が不明だったとのこと。その理由は、多結晶体中に自然形成される粒界は不規則であり、そのままでは粒界特性を正確に評価することが困難だからだ。そのため、人工的に単一の粒界を作製することで、粒界が超伝導特性に与える影響を系統的に調べる必要があり、研究チームは今回、その課題に取り組んだという。
今回の研究では、特殊な成膜手法を用いたBa122:Kの人工粒界の作製技術を確立し、さまざまな結晶ずれ角を持つ人工粒界が作製された。今回作製されたBa122:Kの人工粒界は、結晶のずれ角が24°でも、最大で1cm2あたり100万アンペア(A)もの超伝導電流を許容することが解明された。鉄系超伝導体の臨界角度は9°程度とされているが、その倍以上の角度でも高い超伝導電流を流せることが示され、従来の常識を覆す重要な発見となったとした。
この発見の背景には、粒界近傍に現れる特異な微細構造が関与していることが考えられるという。単一粒界部分を特殊な電子顕微鏡で構造観察した結果、局所的に小角度の結晶ずれが積み重なることで粒界が形成されていることが明らかになった。これにより粒界弱結合の影響が限定的となり、24°という大きな結晶ずれ角においても高い超伝導性能が維持されることが可能となったと考えられるとした。このような自己組織的な粒界の緩和が、Ba122:K多結晶において他の材料を凌駕する高い超伝導特性が得られる1つの要因と推測された。
今回の研究成果は、Ba122:Kの高い超伝導性能を理解する上での重要な特徴が解明されただけでなく、粒界弱結合問題を抱える他の高温超伝導体に対して、新たな解決策を提供する可能性があるという。研究チームは今後も、今回の研究を基に超伝導材料の産業応用に向けたさらなる研究を進め、社会に貢献する技術の開発に取り組んでいくとしている。