大阪大学(阪大)、日本電信電話(NTT)、中央大学、東京大学(東大)の4者は8月22日、物理学の基本的な概念である「局所性」を応用し、量子コンピュータにおけるシミュレーション性能を大きく向上させる新手法として「局所仮想純化法」を開発したことを共同で発表した。
同成果は、阪大大学院 基礎工学研究科/量子情報・量子生命研究センターの箱嶋秀昭助教、NTT コンピュータ&データサイエンス研究所の遠藤傑准特別研究員、同・山本薫研究員、中央大 理工学部の松崎雄一郎准教授、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の吉岡信行助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
量子力学に従う複雑な現象は、従来のコンピュータではシミュレーションが困難であることが知られており、複雑な現象を理解し制御することのボトルネックになっている。そうした自然現象を効率的に調べるために有効な手段と考えられているのが、量子シミュレーション。たとえば、巨視的に見て変化しない状態である「熱平衡状態」や、量子力学の基本原理であるシュレディンガー方程式に従った系の時間発展のことである「非平衡ダイナミクス」を扱うシミュレーションにおいては、量子力学的な効果が大きく現れる場合、従来のコンピュータでは非常に困難と考えられており、量子シミュレーションの応用が威力を発揮するとして注目されている。
しかし、これまでの量子デバイスには、実験的な制約があるため、すべてのタスクを量子デバイス上で行うことが難しいという課題を抱えていた。実験的な制約とは、たとえば冷却温度の限界や環境からのノイズの影響のことをいう。この課題に対処するために先行研究で提案されたのが、複数の状態に量子もつれを作って測定を行う「もつれ測定」を利用した、「量子状態の純度」(1つの状態ベクトル(波動関数)だけで表されるような状態のこと)を仮想的に高める方法である「仮想冷却法・仮想蒸留法」。
しかし、扱う問題のサイズが大きくなるにつれて測定回数が指数関数的に増大し、量子シミュレーションが威力を発揮するはずの大規模なサイズの問題に対処できなくなってしまうという困難を抱えていたという。そこで研究チームは今回、局所性という物理学の基本概念を考察し、量子シミュレーションに必要なもつれ測定を全域ではなく、着目する局所領域に限定する新しい手法である局所仮想純化法を提案することにしたとする。なお局所性とは、ある地点で起きた出来事により、遠くの実験結果が直ちに変わることはない、という性質のことを指す。
熱平衡状態のように自然界にて普遍的に実現される状態では、局所性に密接に関連した概念である「クラスター性」と呼ばれる性質が広く成り立つと信じられている。クラスター性とは、遠く離れた2地点間での実験結果は相関を持たないという性質のこと。量子シミュレーションにより生成される状態がこのような性質を持っていれば、遠く離れた地点において蒸留により純度を高める操作は、出力結果に何の影響も及ぼさないことになる。つまり、着目する領域から遠く離れた地点の純度を高める操作は不要であり、全域的ではなく局所的にのみ蒸留することで、従来の測定回数の指数関数的な増大の問題を解決できることが期待できるとした。
今回の研究では、上述の期待が現実となるような理論的な条件が解明された。具体的には、冷却やノイズ緩和タスクに局所仮想純粋化法が適用できるための条件、つまり局所的に制限された蒸留操作が数学的に正当化される条件が示された。加えて、条件が完全に満たされない場合であっても、局所的な操作への置き換えが依然として有効であることが数値的に示された。さらに、先行研究で独立に提唱された冷却とノイズ緩和タスクを同時に実行可能であることも提案し、このタスクを全域的ではなく局所的なものに置き換えることができることも数値的に示したとした。
今回の研究により、現実的な測定回数で量子シミュレーションの実験的な限界を破ることが可能になったという。これは、量子シミュレーションの実用化に向けた重要な一歩であり、幅広い科学分野での応用が期待されるとした。今後の方向性として、トポロジカル秩序の検出や量子カオス性を特徴付ける量の測定など、冷却とノイズ緩和以外への応用が考えられるとする。これらの量は先行研究において、もつれ測定を用いて検出する手法が提案されているため、局所仮想純化法が適用可能であることが期待されるとした。同手法によって量子優位性が達成できれば、量子シミュレーションによって未解明の量子多体現象の理解が進み、幅広い分野に貢献することが期待できるとしている。