京都大学(京大)は8月9日、2024年6月下旬~7月の整備期間を利用して、同大大学院 理学研究科付属の岡山天文台に設置されている「せいめい望遠鏡」の心臓部である分割主鏡(主鏡の口径は国内最大級の3.8m)の各鏡の段差を合わせる作業を実施し、7月17日に星の試験撮影を行った結果、各分割鏡の高さが光の波長程度の精度で揃っていることが確認され、分割主鏡の位相合わせに成功したことを発表した。
望遠鏡の理論的な解像度(回折限界)は主鏡の大きさと観測波長の比率で決まり、大きな主鏡の望遠鏡ほど解像度が高くなる。ただし、せいめい望遠鏡で採用している分割鏡方式の場合、分割された各鏡の間に大きな段差があると、開口の大きさは分割された1枚の鏡に制限され、解像度が低下してしまうという。
しかし地上からの観測では、地球の大気揺らぎにより光が乱される方が影響が大きく、理論的な解像度よりも遥かに悪い1~数秒角にまでボケが生じることから、通常の観測であれば、分割鏡間に段差があっても観測に大きな影響はなく、実際にこれまでは焦点位置だけを一致させた(「光バケツ」と呼ばれる)状態で観測が行われてきたとする。
ただし、せいめい望遠鏡は今後、大気揺らぎをリアルタイムに修正する補償光学技術を搭載し、回折限界での観測を行うことが計画されており、その実現に向けて今回、分割鏡間の段差を光学的に測定・修正する作業を実施することにしたという。
せいめい望遠鏡の主鏡は18枚の扇形に分割されている。分割主鏡は、鏡の製造設備の小型化や輸送などが容易になるというメリットがあるが、すべての鏡が同じ場所に焦点を結ぶよう調整するのに高い技術が求められるという技術的なハードルもある。
そうした分割主鏡の調整作業は3段階に分けられ、1段階目の「角度合わせ」にて、鏡の角度を調整し、すべての分割鏡で焦点の位置を一致させる(この調整前は、1個の星が18個の像に分裂して写る)。2段階目の「焦点合わせ」にて、鏡の高さを調整してすべての分割鏡でピントを合わせることとなり、幾何学的には全焦点が完全に一致する。しかし、各分割鏡の曲率半径にはバラつきがあるため、分割鏡の間には段差が生じてしまう(大気揺らぎで決まる解像度での観測なら、ここまでの調整で十分とされてきた)。
そして3段階目の「位相合わせ」は、鏡の高さと曲率半径を調整して、分割鏡間の段差をゼロにする作業となる。鏡の曲率半径は硝材に力をかけることで調整が行われる。補償光学と組み合わせ、回折限界での高解像度観測をするために必要となる作業であり、この作業そのものも以下の3つの工程に分けられるという。
- 鏡の高さを調整し、分割鏡間の段差を光が干渉する距離(光の波長程度)以内に追い込む作業
- 鏡に力をかけて曲率半径を揃える作業
- 分割鏡間の段差を光の波長の1/10程度まで調整する作業
今回行われたのは、1つ目の工程となり、この後、2つ目と3つ目の工程の実施が予定されており、これらを終えると、位相合わせ後の星像の周囲に放射状に伸びた光学収差成分が消えてスポット(粒)状の「スペックル」の集合になるはずとしている。
なお、理想環境での星像(回折限界像)も、大気揺らぎにより偶然に光が強め合う干渉を起こしたスペックルも、その最小サイズは干渉を起こす開口サイズで決まるため、位相合わせ後のスペックル1粒の大きさは開口3.8mでの回折広がりと等しくなり、位相合わせ前は単一の分割鏡サイズでの回折広がりと等しくなるという。
今回の作業では、各分割鏡の高さが光の波長程度の精度で揃っていることが確認されたが、同大によれば、分割鏡全体が1枚の大きな鏡として機能していることを意味するものであり、回折限界での高解像度観測に向けた重要な通過点となるとしている。