京都大学(京大)は3月4日、観測史上最大規模の明るさの変動を示した天体「SDSS J125809.31+351943.0」(以下、J1258)の多波長時系列データを使用して、明るさの変動に伴う周囲のガスへの影響を調べた結果、超大質量ブラックホール(SMBH)周辺のガスの構造を従来よりも詳細に推定することに成功し、高速で運動している中心部分のプラズマガスが2つの半径が異なるリング状に分布し、性質も異なることを観測的に明らかにしたことを発表した。

  • 今回の研究成果に基づく、活動銀河核の想像図

    今回の研究成果に基づく、活動銀河核の想像図。SMBHは中心部分にあり、その周囲の降着円盤が光っている。プラズマガスが同心円状に異なる領域に分布していることが、今回の研究で明らかにされた。(c)S. Nagoshi et al.(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大大学院 理学研究科の名越俊平学振特別研究員(PD)らの研究チームによるもの。詳細は、英国王立天文学会が刊行する天文学術誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society」に掲載された。

銀河の中心核の明るさが、その銀河の星の合計に匹敵するぐらい明るいものは「活動銀河核」と呼ばれる。活動銀河核は遠方宇宙にあっても観測が可能なほど明るいが、その明るさのメカニズムは、その中心にあるSMBHの周囲にある「降着円盤」が、重力エネルギーを解放して非常に強く輝いているためと考えられている。

SMBHがどのようにして、太陽質量の数百万倍から約100億倍という巨大な質量を獲得したのかは、まだよくわかっていない。その理解のためには、質量を増やすメカニズムを明らかにする必要がある。これまでの研究では、複数の活動銀河核で観測される特徴をもとにした統計的な分析を通じて、その大まかな構造が推定されてきたが、SMBH近傍に分布するガスの詳細な構造や速度情報には、未だに不明な点も多いという。

SMBHの質量は、強大な重力ですぐ近傍に束縛されているプラズマガスの高速運動とその構造がすべてわかれば、理論的に算出することが可能だ。しかし地球からの観測で得られる情報は、ガスの視線方向(手前~奥)の速度情報に限られ、ほかの詳細な速度情報を知るためには構造や運動をモデルとして仮定する必要がある。より現実に即したモデルを構築するには、可能な限り詳細に観測することが重要だ。

活動銀河核の内部を観測するためには、観測の角度分解能を上げるか、複数回の観測で時間分解能を上げる必要がある。プラズマガスは可視光で強く観測されることから、時間分解能を上げた観測から空間的な構造を復元する手法が最も効果的と考察されたことから、研究チームは、活動銀河核の「状態遷移現象」と「時系列データ」に着目したという。

活動銀河核の中には、急激に質量を獲得している状態と穏やかに質量を獲得している状態とを遷移するような現象を示す天体がある。そのような天体は、質量獲得の効率が変動すると同時に周囲に放射光の強度も変動し、その変動が周辺の構造へと影響を及ぼすことがある。そこで研究チームは、そうした状態遷移現象を対象に観測することで新たな知見が得られるとして、30年間にわたって約4等級もの明るさの変動を示した、観測史上最大規模の状態遷移現象を起こしたJ1258が選定された。

そして時系列データを利用するため、京大 岡山天文台の3.8mせいめい望遠鏡を用いたモニター分光観測が行われ、反響マッピングと呼ばれる手法で構造が推定された。同手法は、降着円盤からの放射光とプラズマガスからの放射光では、波長が異なることを利用した構造推定手法である。プラズマガスは降着円盤からの光によってエネルギーを獲得してプラズマ状態となっているため、降着円盤からの光の強度変化に対して時間差で追従するように強度が変化する。この時間差を光の伝搬時間として降着円盤からプラズマガスまでの距離を推定する方法である。

  • 反響マッピングの概念図

    反響マッピングの概念図。降着円盤からの光でエネルギーをもらい、プラズマ状態となったガスは特定の波長の光を放射する。降着円盤とプラズマガス、それぞれの明るさの変化を記録すると同じ上昇下降パターンとタイムラグが見られ、そのタイムラグを光路差であると解釈することで、元の構造が推定できる(出所:京大プレスリリースPDF)

そして研究チームは、J1258の中心部の構造を詳細に推定できたとのこと。特に、大規模な状態遷移現象の前後を比較したことで、中心部分の高エネルギー放射の影響を受けやすい成分と、受けにくい成分を明瞭に分離したとする。中心付近の高速なプラズマガスは、従来は降着円盤からの放射を受けやすい領域に一塊で分布していると考えられていたが、より内側に降着円盤からの放射を受けにくいプラズマガスが分布していることが発見されたのである。

  • 今回の研究で推定されたJ1258の中心構造

    今回の研究で推定されたJ1258の中心構造。(左)SMBHからのおおよその距離が横軸に示されていて、ブラックホールを中心に軸対象な分布が表されている。(右)各領域と画像1との対応が示されている。中心部分にSMBHがあり、内側から降着円盤、プラズマガス、分子ガスや塵が分布している。今回の研究では、降着円盤からの高エネルギー照射の影響を受けやすく比較的低速なプラズマ領域(1)と、受けにくく比較的高速なプラズマ領域(2)の2か所にプラズマガスが分布していることが明らかにされた。(c)S. Nagoshi et al.(出所:京大プレスリリースPDF)

プラズマガスの構造を理解することは、特にSMBHの質量の測定や、活動銀河核までの距離測定の精度を高めることにつながる。SMBHまでの距離が正確に導き出せると、いまだ議論が収束していない宇宙膨張の速度も正確に計算できるという。今回の成果が、今後の研究においてプラズマガスの構造モデルの信頼性を高めることに貢献し、これらの宇宙の歴史に関わる重要な問題の解決の一助となることを期待しているとした。

なお、今回のJ1258で観測された現象が、活動銀河核で一般的なのか、または特定の天体特有の特性なのかは、今回の研究の範囲では判断できないため、今後の課題としている。