山梨大学、九州大学(九大)、慶應義塾大学(慶大)、東京大学(東大)の4者は8月9日、脳の異常興奮を引き起こす原因の1つとされる「グリア物質」として分子「IGFBP2」を見出したと発表した。

  • 疾患関連アストロサイトが脳の異常興奮を引き起こすことが確認された

    疾患関連アストロサイト(P2Y1受容体過剰発現)が脳の異常興奮を引き起こすことが確認された (出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、山梨大大学院 総合研究部 医学域の小泉修一 教授(同大 医学部 薬理学講座/同大 山梨GLIAセンター兼務)、同 繁冨英治 教授、同 鈴木秀明 医学科学生(現・山梨県立中央病院 初期研修医)、同 木内博之 教授(同大 医学部 脳神経外科学講座/同大 山梨GLIAセンター兼務)、九大大学院 薬学研究院 薬理学分野/ライフイノベーション分野の津田誠 教授、慶大 医学部 先端医科学研究所 脳科学 研究部門の田中謙二 教授、東大大学院 医学系研究科 脳神経医学専攻 基礎神経医学講座 神経生化学分野の尾藤晴彦 教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された

脳は神経細胞と非神経細胞が半分ずつ占めていることが知られているが、後者の大半を占めるグリア細胞は、脳内外で異変が生じると速やかに応答し、性質を大きく変化させる特徴があり、近年の研究から同細胞の変化が、種々の脳疾患と深く関係していることがわかってきた。同細胞の一種「アストロサイト」は、傷害や炎症が生じると速やかに形態、遺伝子発現および機能を劇的に変化させ、まったく性質を変化させる(今回の研究では、このようなアストロサイトを「疾患関連アストロサイト」と定義)。同アストロサイトは、神経細胞を過剰に興奮させ、その傷害や細胞死を引き起こすことから、脳疾患の病因を解く鍵となる細胞として考えられるという。

疾患関連アストロサイトを特徴づける分子の1つに「P2Y1受容体」がある。同受容体は、てんかん、脳梗塞、アルツハイマーなど、種々の異なる病態モデル動物の同アストロサイトにおいて、共通して発現が増加することから、疾患横断的なバイオマーカーとも考えられている。しかし、同アストロサイトがどのようにして、これらの脳疾患を引き起こすのかはよくわかっていないという。そこで研究チームは今回、その役割解明に向け、人工的に同アストロサイトを誘導した遺伝子改変動物を作成して研究を行うことにしたという。

具体的には、P2Y1受容体をアストロサイトに過剰発現させた「疾患関連アストロサイト発現マウス」が作成され、調査の結果、以下の3点が判明したとする。

  1. 海馬神経細胞が生じる活動電位の増加
  2. 海馬における異常スパイク(脳波)の増加
  3. 薬剤誘発てんかんの感受性の増大(てんかん発作が起こり易くなった)

これらの結果は、疾患関連アストロサイトは、脳の異常興奮(神経過興奮)を起こすことが示されているとする。そこで、その原因が詳しく調べられたところ、以下の2点が判明したという。

  1. 神経細胞→疾患関連アストロサイトへの情報伝達(ATPが放出され、同アストロサイトが過剰のP2Y1受容体で感知する)が増強される
  2. 同アストロサイト→神経細胞への何らかの分子による情報伝達の増大

このことから、神経細胞→神経細胞間の情報伝達(シナプス伝達)が増強されており、これは興奮性神経伝達物質の「グルタミン酸遊離」が増加した結果であることが確かめられたという。

  • 疾患関連アストロサイト

    疾患関連アストロサイトは、IGFBP2を介して神経細胞の興奮性を増大させることがわかった (出所:共同プレスリリースPDF)

また、疾患関連アストロサイトが脳の異常興奮を引き起こす原因の探索に向け、同アストロサイト→神経細胞の情報を媒介するメカニズムの解明を目的とした同アストロサイトに発現する遺伝子の網羅的な解析の結果、同アストロサイト→神経細胞間の情報を媒介する候補分子として、IGFBP2が見出されたとする。

さらに、IGFBP2が実際に媒介因子であることを確かめるため、アストロサイト特異的に同分子の遺伝子欠損作用の検討が行われたところ、同分子の薬理学的および遺伝学的な阻害により、脳の異常興奮が消失することを確認。これは同分子が脳の異常興奮を起こすグリア物質であること、疾患関連アストロサイト→神経細胞を媒介する実行因子であることを示すものだと研究チームでは説明する。

加えて、IGFBP2が実際に種々の脳疾患のアストロサイトで増加しているのかが調べられたところ、てんかんなどの病態モデルにおいて、同分子は疾患関連アストロサイトで強く発現が増加していることが確認された。この結果から、種々の脳疾患において同分子が脳の異常興奮を惹起し、疾患の分子病態に関与する重要な新規グリア物質であることが判明したという。

  • てんかんモデルマウスの脳では、疾患関連アストロサイトがIGFBP2を強く発現していることが確認された

    てんかんモデルマウスの脳では、疾患関連アストロサイトがIGFBP2を強く発現していることが確認された。てんかんモデルにおいて、反応性アストロサイトは P2Y1受容体およびIGFBP2を共に発現増加させることが確かめられた (出所:共同プレスリリースPDF)

ただし、研究チームによると、IGFBP2が脳の異常興奮を惹起するメカニズムについては、まだ不明な点が多く残されているという。また、同分子を標的にすることで脳疾患病態がどの程度改善されるのかも不明ともしており、そうした部分の解明が、次の重要なステップになると研究チームでは説明しており、この新規メカニズムがさらに詳しく解明されたり、今回の知見が臨床的研究にも活用されたりすることで、今回の研究意義がさらに高まることが想定されるとしている。

  • 疾患関連アストロサイト

    疾患関連アストロサイトは、IGFBP2を介して脳を異常興奮(神経過興奮)させ、種々の脳疾患を引き起こすことがわかった (出所:共同プレスリリースPDF)