東北大学、金沢大学(金大)、早稲田大学(早大)の3者は8月6日、キラル分子の運動性が乏しい「1,2,3-トリアゾール塩」(以下、塩(1))では、左手型または右手型分子のみを含む「ホモキラル結晶」(以下、H結晶)の方がアゾール分子の回転運動が活発で、「無加湿プロトン(H+)伝導度」も高いことを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、東北大 多元物質科学研究所の佐藤千慧大学院生(東北大大学院 工学研究科)、同・出倉駿助教、同・芥川智行教授、同・三部宏平大学院生(研究当時)、リガクの佐藤寛泰氏、信州大学の武田貴志准教授、金大の水野元博教授、同・栗原拓也助教、早大の谷口卓也准教授、北海道大学の中村貴義教授、同・呉佳冰助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
燃料電池の性能向上の鍵となるのが、水素イオン=プロトン(陽子:H+)が流れる固体電解質「H+伝導体」だ。しかし現在主流の高分子型H+伝導体は、加湿機構が不可欠にもかかわらず、電極反応の効率が良い100℃以上の温度では水が脱離して伝導性が失われてしまうため、加湿せずに100~300℃の中温域で高効率にH+を輸送できる無加湿H+伝導体が求められていた。
生体内では、キラリティのそろった分子集合体が、一方向回転運動に基づく100%近いエネルギー変換効率などを実現している。つまり、有機材料にキラリティを導入することで、高効率な分子回転運動による高H+伝導性の実現が期待されるという。しかしこれまで、有機材料へのキラル分子の導入とH+伝導性との関係は不明だったことから、研究チームは今回、生体内におけるキラリティ効果に着想を得て、有機材料のH+伝導性に対するキラリティの導入効果を検討したとする。
同研究ではまず、結晶中の分子の回転運動が報告されている五角形の「アゾール分子」と、キラリティを有する「カンファースルホン酸」(以下、C酸)を1:1の比率で組み合わせた種々の塩が作製された。C酸は、キラリティの異なる1Sと1Rを有する分子が存在するため、それぞれの塩に対して1S体分子のみを含むH結晶と1Sと1R体分子を50:50の比率で含む「ラセミ結晶」(以下、R結晶)を作製し、両結晶の結晶構造とH+伝導性の比較によりキラリティの影響が調べられた。その結果、アゾール分子として「1,2,3-トリアゾール」(以下、分子(2))を用いた塩における無加湿H+伝導性に明確な効果が観測され、キラリティの導入によってより高効率なH+伝導性が実現可能であることが突き止められた。
また今回作製された結晶はいずれも、単結晶X線構造解析の結果から無加湿でH+が伝導できる経路を有していることが確認されたとのこと。チアゾールを用いた塩では、原料に1Sと1R体分子のC酸を50:50の比率で用いたにもかかわらず、1Sもしくは1R体分子のみを含むH結晶が得られ、自然分晶現象が観測されたという。
一方、「イミダゾール」や分子(2)を用いた塩では、H/R結晶をそれぞれ得られ、いずれの結晶中においてもイミダゾールもしくは分子(2)が回転運動をしていたとする。また分子(2)の塩では、H/R結晶中で分子の配向状態が互いに異なっており、キラリティの存在で分子の運動性が異なることも明らかにされた。
その後、分子運動性の直接評価のため塩(1)のH/R結晶が比較された。すると前者の結晶中において、分子(2)がR結晶中よりも活発に回転運動していることが判明。より活発な分子運動は、より高効率な無加湿H+伝導性の発現を期待させるという。そこで、塩(1)のH/R結晶のH+伝導度を測定したところ、H結晶の方がR結晶よりも活性化エネルギーが低く、伝導度が高いことが確認された。このことは、キラリティの導入によって、より高効率なH+伝導性がもたらされたことを意味するという。
一方、イミダゾール塩ではH/R結晶でアゾール分子の運動性やH+伝導性に違いは見られなかった。イミダゾール塩では、キラルなC酸も激しく運動しているため、キラル分子による非対称な結晶空間が平均化されてしまったとのこと。また、塩(1)ではC酸の運動性が乏しく、結晶空間にキラリティによる非対称性の影響が保持されるため、キラリティ効果が観測されたことが考えられるとした。
研究チームによると、今回の研究で見出されたホモキラルな分子を用いた結晶空間の非対称性の重要性は、生体内のH+輸送やイオンチャネルなどの現象と材料科学をつなぐ重要な知見だという。分子が規則正しく並んだ有機結晶の知見を最大限に利用することで、低中温領域でも使用可能な燃料電池の実用を可能とする高効率なH+伝導体から超H+伝導体の実現につながることが期待されるとしている。