京都大学(京大)は8月2日、小惑星探査機「はやぶさ2」の拡張ミッションで2026年7月にフライバイ観測を実施する予定のターゲット小惑星「2001 CC21」によって起こされた恒星掩蔽現象(恒星食)を観測し、新開発のデータ解析技術「DOUSHITE(ドウシテ)」を用いて、同小惑星が細長い形状であることを推定することに成功したと発表した。
同成果は、京大 白眉センターの有松亘特定助教らの研究チームによるもの。詳細は、日本天文学会が刊行する欧文学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。
恒星食は、太陽系の天体が背景の恒星を覆い隠す際に生じる天文現象だ。月のような見かけ上で大きな天体だけでなく、小惑星のような小天体でも恒星食は発生する。それを複数地点から同時に観測し、恒星が明滅するタイミングを計測することで、その掩蔽した小天体が直接観測では測定が困難なほど小さくても、サイズや形状などを高精度で推定することが可能だ。
恒星食の観測は、以前から主に市民天文学者によって試みられてきた。近年は、恒星食の予報精度の向上、市民天文学者の観測技術の進歩により、従来では影のサイズが小さすぎて捕捉不可能と考えられていた、直径数km以下の小型小惑星の観測にも成功しつつあるという。
一方で、現在はやぶさ2は拡張ミッションを遂行中であり、2031年に小惑星「1998 KY26」に到着する予定だ。そして、その途中の2026年7月に、秒速約5km(時速約1万8000km)という超高速のフライバイ観測を実施する予定であるのが2001 CC21で、すれ違いざまのわずかな時間に、その表面の様子などを探査する予定だ。
2001 CC21の推定直径は約500mと小型で、探査可能な時間も非常に短いため、このミッションを成功させるためには、事前に同小惑星のサイズや形状を把握しておく必要があるという。しかし、これまでの観測では同小惑星のサイズや形状に関する詳細はわかっていなかった。
そうした中、国内外の研究者・および日本の市民天文学者で構成された観測チームが、2023年3月5日に予報されていた2001 CC21による、きりん座に位置する10等星の恒星食現象の観測を日本各地の20地点で実施したとのこと。そのうちの1地点(観測者:滋賀県在住の市民天文学者 井田三良氏)では、掩蔽によるわずか0.1秒程度の恒星の減光の観測に成功したという。1km未満の小惑星の掩蔽観測の成功例はほとんどなく、これは観測史上に残る極めて貴重な成果とされた。
その一方で、今回は1地点からしか掩蔽観測データを得られなかったため、恒星の明滅のタイミングを複数地点で計測して影の形状を推定するという従来の解析手法では、2001 CC21の形状を推定することは不可能だったとする。そこで研究チームは今回、1地点のみの観測データから同小惑星の形状を推定するための新たな解析手法の開発に着手したという。
今回開発されたDOUSHITEは、掩蔽によって恒星が明滅する際の微細な光度変化に見られる光の回り込み現象の回折効果を正確にモデル化し、観測データと比較することで、天体のサイズ・形状を高精度で推定するというものだ。回折効果は天体のサイズや形状に依存しているため、観測された恒星の光度変化をさまざまなサイズ・形状を仮定したモデル光度変化と比較することで、掩蔽した天体の影のサイズ・形状を推定することが可能になるという。回折の影響は1地点の観測データからでも得られるため、DOUSHITEにより、2001 CC21の形状推定が可能となったのである。
そして解析の結果、2001 CC21の影が細長い形状と推定された。具体的には、観測された光度変動は長径約840m、短径約310mの楕円形の影を仮定したモデルで最もよく再現でき、2001 CC21の影の短軸と長軸の比が約0.37であることが判明した。
今回の研究成果は、はやぶさ2の拡張ミッションにおける2001 CC21へのフライバイ観測において、限られた観測機会を最大限に活用するための基礎データを提供するものだ。今回の研究で得られた形状データは、フライバイ時の観測戦略の最適化に役立ち、科学的な成果を最大化することに寄与しうるとする。
またDOUSHITEを用いた解析は、今後の恒星食観測においても活用できる強力なツールであり、小型の天体や遠方天体の詳細な特性を解明するための新しいアプローチを提供するとのこと。これにより、太陽系内外の多種多様な天体の研究が掩蔽観測を通して進展し、天文学の発展に大きく貢献する可能性がある。
また今回の研究は、市民天文学者とプロの天文学者が協力して成果を上げたことから、シチズンサイエンスの成功事例としても注目されているとしている。