大阪大学(阪大)、量子科学技術研究開発機構(QST)、北海道大学(北大)、日本原子力研究開発機構(JAEA)の4者は7月16日、強いレーザー光で中性子を生成し、中性子共鳴吸収を用いて、特定の元素の温度の瞬間的な非破壊計測の原理実証を行った結果、タンタルと銀の試料を設置して中性子を透過させることで、元素の種類を識別し、また、タンタルのみ温度を最大摂氏620度まで上げると、タンタルの信号だけが温度に対応して変化することを確認したと共同で発表した。

  • (a)レーザー中性子の生成と飛行時間計測法の模式図。(b)タンタルと銀の中性子の共鳴吸収スペクトルの模式図。(c)タンタルの温度が高い場合の模式図

    (a)レーザー中性子の生成と飛行時間計測法の模式図。(b)タンタルと銀の中性子の共鳴吸収スペクトルの模式図。(c)タンタルの温度が高い場合の模式図(出所:阪大Webサイト)

同成果は、阪大大学院 工学研究科の藍澤塵大学院生、阪大 レーザー科学研究所の余語覚文教授、QST 関西光量子科学研究所の早川岳人上席研究員、北大大学院 工学研究院の佐藤博隆准教授、JAEA 核不拡散・核セキュリティ総合支援センターの小泉光生研究専門職らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

動作中の機器の内部の温度を正確に知ることは、その機器の性能向上などにつながるため、計測技術が広く求められており、レーザーやX線を用いた温度計測法の研究が進む。しかし、複数の元素で構成された機器において、特定の元素の温度を非破壊で計測できる技術はまだ確立されていない。

これまで、その物質透過力の高さを利用し、さまざまな構造物の内部を非破壊で計測するのに用いられてきたのが、中性子だ。しかし従来の加速器駆動中性子源では、中性子パルス幅が長いために飛行時間計測用ビームラインを10m以上に長くする場合が多く、また、瞬間強度が十分高くないといった課題を抱えていた。そのため、1データの計測に数分、時には数時間も必要な場合もあり、瞬間的な温度計測は不可能だったという。

そうした中、新しい手法の「レーザー駆動中性子源」の研究を進めているのが阪大 レーザー科学研究所だ。この手法は、同研究所の大強度レーザー「LFEX(エルフェックス)」を用いて、レーザープラズマ相互作用で陽子・重陽子を同時に加速させ、原子番号4のベリリウム金属に照射することで中性子が生成される。また、生成された中性子の持つ極短パルス・高輝度の特長を活かすことで、これまで不可能だった計測の実現を目指しているという。今回の研究では、レーザー駆動中性子源で中性子パルスを生成し、運動エネルギー(速さ)計測手法の1つである「飛行時間計測法」による、中性子共鳴吸収を用いた元素の非破壊分析を行ったとする。

元素(同位体)には特定のエネルギーで中性子を極めて強く吸収する性質(共鳴吸収)があり、このエネルギーは元素の種類に依存する。そのため、この共鳴吸収が起きたエネルギーから元素の種類を特定することが可能だ。今回の試験では、複合材料を模擬するためにタンタルと銀の試料が設置され、1発の中性子パルスを透過させることで、瞬間的に非破壊で元素の種類の識別に成功したという。

さらに、タンタルのみ温度を上昇させて中性子パルス照射を行ったところ、タンタルだけ信号の幅が温度に対応して太くなることも確認されたとのこと。温度の上昇によってタンタル試料中の原子核の熱振動が激しくなり、ドップラー効果によってタンタルの共鳴吸収の幅が太くなるためである。室温から摂氏620度の複数の温度で計測が行われ、温度と信号の太さ(共鳴幅)の関係が理論で再現できることが確かめられたとした。

  • 信号の太さ(共鳴幅)の実験値が温度と共に増加し、実線の理論式に従うことがわかった

    信号の太さ(共鳴幅)の実験値(■)が温度と共に増加し、実線の理論式に従うことがわかった。図は掲載論文より引用されたもの(出所:JAEA Webサイト)

従来の飛行時間計測法は、中性子を10~数十mという長距離を飛行させる必要があったが、今回の手法ではレーザーを使って短いパルス幅の中性子を生成できるため、わずか1.8mの短距離(加速器駆動中性子源の場合の10分の1程度)でも計測が可能になったという。中性子検出器の信号を直接オシロスコープで記録して解析する手法で、それぞれのパルスごとの中性子のエネルギースペクトルが計測された。このような手法で、高輝度パルスに対して距離を短くすることで、より多くの中性子を一度に計測でき、瞬間的な約1000万分の1秒での温度計測につながったとする。

今回開発された飛行時間計測装置の長さは1.8mであることから、将来的にはレーザー駆動中性子源を研究室や工場などにも設置できる可能性があるとする。また、1回の計測データがわずか約1000万分の1秒で得られるため、従来の数分~数時間から時間を大幅に短縮できるという。今回の技術により、短時間で発生する現象や、時間的に変化する現象の温度も計測できるとした。

研究チームは今回の技術によって、動作中のLEDやパワー半導体、充電池などの内部にある特定の元素の温度をピンポイントかつ瞬間的に計測可能となり、異常な温度上昇や、過酷条件における異常発生メカニズムの解明など、現代文明に欠かせない、さまざまな機器の性能向上や信頼性の向上に役立つことが期待されるとしている。