海洋研究開発機構(JAMSTEC)、慶應義塾大学(慶大)、九州大学(九大)、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ、北海道大学、東北大学、広島大学、京都大学、東京大学(東大)の9者は、小惑星リュウグウの試料に含まれる可溶性成分を抽出して精密な化学分析を実施した結果、水と親和性に富む有機酸群や含窒素化合物など、合計84種類のさまざまな化学進化の現況と水質変成の決定的な証拠を解明。 その中には、シュウ酸、クエン酸、リンゴ酸、ピルビン酸、乳酸、メバロン酸などのほか、有機-無機複合体であるアルキル尿素分子群も含まれており、物理因子と化学因子のみが支配する化学進化の源流が明らかになったことを7月11日に共同で発表した。

同成果は、JAMSTEC 海洋機能利用部門 生物地球化学センターの高野淑識上席研究員(慶大 先端生命科学研究所 特任准教授兼任)、九大大学院 理学研究院の奈良岡浩教授、NASAのジェイソン・ドワーキン主幹研究員らを中心に、40名超の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

初期分析により、リュウグウ試料に関する初生的な物質科学性状や元素存在度などが解明されているが、その中の可溶性成分のうち、特に水と親和性の高い有機成分の物質情報はまだ不明だったという。そこで今回の研究では、試料から可溶性成分を抽出し、高精度な分子レベルの解析を行うことにしたとする。

  • リュウグウの水に満ちた化学進化の源流と水質変成の証拠を伝える巻物のイメージ

    リュウグウの水に満ちた化学進化の源流と水質変成の証拠を伝える巻物のイメージ。今回の研究により、アミノ酸や核酸塩基の原材料を含むさまざまな進化の様子が示された(C)JAMSTEC(出所:共同プレスリリースPDF)

リュウグウの化学進化を解明する上で重要なキーワードは、水、有機物、鉱物、ヒストリーだとし、研究チームでは、初期状態の炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)、硫黄(S)などの有機物を構成する軽元素組成に物理・化学的な作用が加わった場合、初生的な有機物や分子進化の姿、水質変成による「分子指標」を観測できると予測していたという。

またリュウグウが、モノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸、ヒドロキシ酸などの親水性に富む有機酸群(具体的には、シュウ酸、マロン酸、クエン酸、リンゴ酸、ピルビン酸、乳酸、メバロン酸など)に富んでおり、物理因子と化学因子のみが支配する非生命的プロセスとしての分子進化を考える上で重要な分子群として65種が、新たに同定されたとした。同様に、同じ抽出物からは、有機-無機複合体であるアルキル尿素分子群などの新種の含窒素分子が、19種発見されたとする。その中には、非生命的な物質進化の源流ともいえる分子種であるアミノ酸や核酸塩基、エネルギー代謝の原材料となる始原的物質も含まれていたという。

  • 光航法カメラで撮影されたリュウグウ

    (A)光航法カメラで撮影されたリュウグウ。(B)熱赤外撮像装置による同小惑星の熱画像。(C)同小惑星の表面と「はやぶさ2」の影。(D)CAM-H撮像による同小惑星への1回目のタッチダウンオペレーション。(E)第1回タッチダウンサンプリング時の同小惑星の初期サンプルA0106(38.4mg)。(F)同小惑星の試料の変色・変質した断面画像(C0041)。(G~I)実験室における可溶性有機物の精密分析の途中で出現した溶媒抽出液の色相(淡燈色、黄色、褐色を示した抽出溶液が例示されている)とバイアル底面の固体物質の様子。これらの抽出液には、未知の物質が他にも含まれている可能性があるという(C)宇宙航空研究開発機構(JAXA)、東大など(出所:JAMSTEC Webサイト)

今回の中で特に重要な分子種として、ピルビン酸、クエン酸、リンゴ酸、メバロン酸の4種類が挙げられた。分子進化の観点から、ピルビン酸はアミノ酸の前駆体であり、多くの代謝経路の出発点となる物質でもあり、クエン酸回路への源流を担う役割を持つことから、その発見は重要な意味を持つ。次のクエン酸は、生命にとって「エネルギー代謝」の中心的な機能性分子として知られ、その反応経路はクエン酸回路と呼ばれる。またリンゴ酸は、核酸塩基の前駆体として知られ、今回発見された尿素(ウレア)と反応すると、核酸塩基のウラシル(2023年にリュウグウ試料から発見された)が誕生する。このような分子進化の原材料の存在が、証明されたといえるとした。メバロン酸は、生命の膜のもとを作る原材料として重要な意味を持ち、同酸から脂質への経路などがある。

  • リュウグウ試料(A0106とC0107)から新たに同定された代表的な分子構造

    リュウグウ試料(A0106とC0107)から新たに同定された代表的な分子構造(出所:JAMSTEC Webサイト)

研究チームは、ジカルボン酸の1つであるマロン酸の「互変異性」による水質変成の分子履歴から、リュウグウは、かつて水に満ちた天体だった証拠を示したとする。これは、水分子が周辺に存在することで、不安定なエノール体を誘起する異性化反応の進行度が評価されたものである。

  • マロン酸の互変異性

    マロン酸の互変異性。安定なケト体と不安定なエノール体の分子構造。ジカルボン酸のうち炭素数3のマロン酸は、水に対する応答性が鋭敏な分子である。上段に組成式とマロン酸の互変異性の構造を示し、下段にそれぞれの電子密度の分布を示す(出所:共同プレスリリースPDF)

次に、リュウグウの2つのサンプリングサイトの軽元素存在度(C・H・N・O・S)とそれらの安定同位体組成と、可溶性有機物の物質科学的性状が規格化され、水-有機物-鉱物相互作用による化学進化の現場検証が総括された。これらの定性的かつ定量的な評価のベースライン規格は、NASAが地球帰還を成功させた炭素質小惑星ベンヌの比較考察に重要な役割を果たすことが考えられるとしている。

  • 炭素質小惑星であるリュウグウの水質変成

    炭素質小惑星であるリュウグウの水質変成。水をたたえた過去と現在をつなぐ物質進化史。(左)水に満ちた過去の様子と母岩内の水-有機物-鉱物相互作用と初期段階の一次鉱物集合体と流体脈。(右)同小惑星における脱水過程と水質変成を受けた二次鉱物群(多孔質で物理的に壊れやすい)、乾燥した岩脈、「塩」を含む沈殿物が示されている。この図は、水質変成が概念化されており、母岩や鉱物サイズは任意のスケール(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の成果は、太陽系における初生的な軽元素、そして有機分子はどのように存在していたのか、また、それが初期太陽系でどのように進化してきたのか、科学探究のヒントを与えてくれるという。地球や海、非生命的なプロセスの源流でもある分子進化を明らかにする上でも、重要な一次情報になるとした。

そして今回の成果の鍵の1つは、元素および分子レベルの先鋭的な分析技術と先進的な物質科学の相乗効果とした。このような技術基盤は、領域を超えた学術界への波及に限らず、性状未知サンプルの品質検定などの社会的な要請、革新的な研究開発を生み出す新しい知識の社会還元に貢献することが考えられるとしている。