XENONコラボレーション、東京大学(東大)、名古屋大学(名大)、神戸大学の4者は7月11日、現在、イタリア・INFNグランサッソ国立研究所の地下において稼働しているダークマターの直接探索実験である「XENONnT(ゼノンエヌトン)実験」において、ダークマター検出と同様に非常に希な現象であるニュートリノ関連の観測結果として、太陽で生成されたニュートリノとキセノン(Xe)原子核の散乱を初めて観測したことを共同で発表した。
同成果は、東大 宇宙線研究所(ICRR) 附属神岡宇宙素粒子研究施設/同・大学 次世代ニュートリノ科学・マルチメッセンジャー天文学連携研究機構/東大 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構の森山茂栄教授、ICRRの竹田敦准教授、同・安部航助教、ICRR 附属神岡宇宙素粒子研究施設の吉田将特任研究員、ICRR 附属神岡宇宙素粒子研究施設/東大 理学系研究科の神長香乃大学院生、名大 宇宙地球環境研究所/名大 素粒子宇宙起源研究所(KMI)/名大 高等研究院の伊藤好孝教授、KMIの風間慎吾准教授、同・小林雅俊特任助教、神戸大大学院 理学研究科の身内賢太朗准教授、同・竹内康雄教授らが参加するXENONコラボレーションによるもの。イタリア・ラクイラで開催されている国際会議「IDM2024」において、日本時間7月10日に報告された。
太陽で生成されて放出されるニュートリノと、Xe原子核の散乱事象は、微弱かつ非常に稀な現象であるため、高感度・大質量の検出器を使った長期の測定による観測が必要だ。XENONnT実験の検出器は大型の液体検出器でありながら、優れた検出器性能と背景事象の除去能力を持つため、ダークマターだけでなく、ニュートリノなどの微弱かつ非常に稀な現象の観測にも最適だ。そして今回、2021年7月7日~2023年8月8日まで同実験で取得された約3.5トン年のデータの解析が行われ、その中から背景事象のみに起因する確率が0.35%という有意度で、ニュートリノとXe原子核の散乱事象が観測されたことが確認された。この成果はそれ自体が初観測であるだけでなく、ダークマター探索実験の検出器としての性能の高さを示す重要なマイルストーンということができるという。
XENONnT検出器は、前身のXENON実験の装置よりも高感度でダークマターを探索できるように設計されている。検出器の中核をなすのは、気体・液体Xeからなる「2相式Xeタイムプロジェクションチェンバー」(TPC)で、5.9トンの超高純度液体Xeで満たされている。同検出器には、大質量のXeを-95℃に保つための冷却装置、Xe中に含まれる放射性不純物を常時除去するオンラインXe蒸留システム、最新の検出器コントロールおよびデータ取得システム、中性子背景事象を低減するためのガドリニウムを用いた中性子検出器の4点が新たに導入された。また、外部からの放射線を遮蔽するために、検出器は宇宙線ミュー粒子と環境中性子の検出器を備えた700トンの水タンク内に設置されている。
今回の実験で観測された、太陽内部で生成されニュートリノとXe原子核との散乱は、「ニュートリノ-原子核コヒーレント弾性散乱」と呼ばれ、素粒子の標準理論の枠組み内の現象であるものの、散乱で与えられるエネルギーが非常に小さいことと、反応確率が非常に小さいことから、その実験的な検証には40年以上がかかったことになる。2017年に、COHERENTグループが、米国テネシー州オークリッジの中性子施設で人工的に生成した高エネルギーニュートリノを使った実験で、ニュートリノと原子核の散乱を初観測。今回のXENONnT実験での観測は、太陽内部、つまり地球外で生成されたニュートリノと原子核の散乱をとらえた初めての報告だ。
今回の観測が実現したのは、XENONnT検出器が低エネルギー事象まで観測できることと、背景事象が非常に少ないことによるという。XENONnT検出器で取得された3.5トン年相当のデータに対し、解析条件を確定するまでは実際の結果を隠しておく慎重な解析手法である「ブラインド解析」が行われた。その結果、低エネルギーの原子核反跳の信号に、期待される背景事象よりも有意な超過が確認され、太陽ニュートリノによる信号「ボロン8」と矛盾しないことが判明。同信号超過は統計的有意度では2.7シグマに相当する(=背景事象のみに起因する確率が0.35%に相当)。
今回の成果により、ダークマター探索実験はニュートリノ事象が背景事象となる「ニュートリノフォグ(ニュートリノの霧)」と呼ばれる新領域の探索に入るという。XENONnT実験は今後もデータ取得を続け、ダークマターなど、宇宙物理や原子核物理での新しい発見を目指すとしている。