東京大学(東大) 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は5月30日、「原始ブラックホール」(PBH)生成に関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が、量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいて詳細に計算した結果、小スケールに生成した大きなゆらぎが「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)で観測されるような大スケールのゆらぎにも影響を及ぼすことを明らかにしたと発表。
また、太陽の数十倍の質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、PBHによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルにおいては、CMBの観測結果と矛盾してしまうことから、大きな質量のPBH生成のためにはより複雑なモデルを考えるか、まったく別のメカニズムを考える必要があることが示されたと発表した。
同成果は、Kavli IPMU 機構長兼東大大学院 理学系研究科 附属ビッグバン宇宙国際研究センター長の横山順一教授、東大大学院 理学系研究科のジェイソン・クリスティアーノ大学院生の研究チームによるもの。詳細は2本の論文として、米国物理学会が刊行する2冊の学術誌、機関誌の「Physical Review Letters」と、素粒子物理学や場の理論・重力などを扱う「Physical Review D」に掲載された。
PBHは、恒星級ブラックホールや、銀河中心の超大質量ブラックホールなどとは別物で、その大きさはわずか0.1mm以下、質量も月よりも軽いとされる、現時点では仮想上の存在だ。PBHは、誕生後間もない熱放射時代の宇宙に、エネルギー密度の大きなゆらぎがあると生成されると考えられている。そのゆらぎを作る仕組みとしては、宇宙誕生の直後、ビッグバンになる直前に宇宙が急膨張を起こした「インフレーション期」に生成された「量子ゆらぎ」が最も有力だ。インフレーションが起こるのは宇宙の大きさが水素原子よりもまだずっと小さかったころであり、ミクロな世界を扱う量子論が重要な働きをすることが理由だという。
初期宇宙に実際にどのようなゆらぎができていたのかについては、CMBの観測により理解が進んでいる。長波長ゆらぎは非常に小さく、一様密度からのずれが10万分の1程度にとどまっていることが観測されている。この観測事実は、インフレーションを起こす素粒子の場である「インフラトン」が、ポテンシャルの坂道をゆっくりと転がりながらインフレーションを起こす「スローロールインフレーション」モデルによって説明されている。しかし、通常のスローロールモデルでは、短波長のゆらぎが小さく、PBHになるような大密度領域を作ることはできないことが課題だったという。
そこで、現在最も盛んに研究されているモデルが、横山教授を提案者の1人とする、超急減速が特徴の「ウルトラスローロールモデル」という一連のモデル。これは球の転がる坂道の一部に平坦な場所を用意し、インフラトンがそこに差し掛かると急減速して、「ハッブル時間」(その時の宇宙年齢の目安となる指標)あたりの変化が一時的に小さくなり、その時にできたゆらぎは相対的に大きな値を持つことから、特定のスケールに大きなゆらぎを生成するという内容だ。その結果、対応した質量のPBHを生成することができるとする。
なお、従来はこのような小スケールで起こる現象は、CMBで観測できる大スケールの現象には一切影響しないと考えられてきた。それに対して研究チームは今回、そうしたPBH形成を実現するようなインフレーションモデルにおいて、PBHに関係した大きな振幅を持った小スケールのゆらぎ同士が量子論的にぶつかり合う効果を、場の量子論に基づいてはじめて詳細に計算することにしたという。
計算の結果、従来の常識を覆し、そのような小スケールに生成された大きなゆらぎが、CMBで観測されるような大スケールのゆらぎにも影響を及ぼすことが判明した。特に、重力波観測で示唆されている太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの起源や、ダークマターの起源をPBHによって説明できるほどの大きなゆらぎを予言するモデルは、大スケールにおいてCMBで観測されている以上の温度ゆらぎをもたらしてしまうことになり、観測結果と矛盾してしまうことが突き止められたとした。
今回の計算は特定のモデルに基づいたものだが、インフラトンがすべての波長のゆらぎの起源になっているモデルにおいて、PBH形成を実現するような既知のモデルのほとんどに当てはめることのできる結論である。そのため、単一場インフレーションモデルにおいて、観測的に意義のあるようなPBHを生成するのは極めて困難であることがわかったといえるという。つまり、PBHを生成するためにはより複雑なモデルを考えるか、まったく別のメカニズムを考えていく必要があるとしている。