シーメンスは6月21日、製造業においてIT技術を活用することで工場のスマート化を実現する「第4次産業革命」、いわゆる「インダストリー4.0(Industry 4.0)」の製薬製造業仕様である「ファーマ4.0(Pharma 4.0)」の現状についてのメディア向け説明会を開催。製薬工場におけるデジタルソリューションの最新動向も交える形で説明を行った。

日本の工場における製造マネジメント構造の現状

自動車や半導体業界などのディスクリート産業と比べて、製薬業界などの副産物や連産品などが生じるプロセス産業は、デジタルトランスフォーメーション(DX)化に関する情報が少なく、各プロセスの工程スピードも遅いという。

日本の製造マネジメント構造としては、コントローラー層でさまざまな会社のPLCシステムなどを管理し、内製された製造管理システムを無理やりSPI通信でPLCにつないで、熟練者による勘や調整でなんとか現場を維持してきたといったものも多く見られるという。

  • これまでの日本で多く見られていた製造マネジメント

    これまでの日本で多く見られていた製造マネジメントの構造(提供:シーメンス)

一方、ヨーロッパやアメリカの先端を行く工場では、内製された製造管理システムで調整する中間層を、製造実行システム「MES」や監視システム「SCADA」でデジタル管理し、コントローラー層、SCADA層、MES層、マネジメント層のデジタルスレッドを作ることで、スマート工場化を実現させる実例も登場してきたという。

  • デジタルスレッド構造のイメージ

    工場におけるデジタルスレッド構造のイメージ (提供:シーメンス)

そのため、ヨーロッパやアメリカのそうした最新鋭の工場と日本の従来手法の工場が同じアウトプットを実現しようとするならば、日本の工場は手間がかかり業務の煩雑さが桁違いに生じることとなるという。シーメンス 産業機械営業統括部 統括部長/医薬産業事業統括部 部長の濱池康成氏は、「日本の工場ではペーパレス化も進んでいないところもあります。例えば自動車業界では紙に転記しているだけの時間が1か月間の業務の中で56%ほどを占めており、44%しか付加価値業務に従事できていないという話を聞いたことがあります。ヨーロッパの最新鋭の工場を見学すると分かりますが、日本の工場内で働いている人と比べてデジタル化が進んでいる分、ゆったりと効率よく作業をされています」と製造現場における作業への取り組みの違いを語っていた。

  • シーメンス 産業機械営業統括部 医薬産業事業統括部 部長の濱池康成氏

    シーメンス 産業機械営業統括部 医薬産業事業統括部 部長の濱池康成氏

これらからの製薬製造業界で重要になるキーワード

そうした中でシーメンスが強調するのが、これらからの製薬製造業界で重要になってくる4つのキーワードだ。これは、独フランクフルトにて開催された化学技術、バイオテクノロジー、環境安全などのプロセス産業に関する世界的な展示会「ACHEMA 2024」に濱池氏が参加した際にも重要だと感じた点だという。

まず1つ目は「エンタープライズレシピマネジメント」。これは、薬をどう作るのかというレシピ開発工程をデジタルで合理化するというもの。

2つ目は「デジタルスレッド」。これは、デジタル技術で工程と工程をつなぎ、無駄を省いていくことで、効率良く生産性の高い一貫したモノづくりをしていく製薬バージョンの構築を指している。今まで人間が間に入って取り次いでいた部分をどうやって減らしていくかが重要だとする。

3つ目は「デジタルツイン」。これは、リアルの世界に関連したすべてのデータとシミュレーションモデルが含まれたバーチャルツイン(双子)を作り連携させ、製薬開発などの工程に組み込んでいくことで最適化を図ることを指している。

  • 目的に合わせた製造シミュレーションにもいろいろある

    目的に合わせた製造シミュレーションにもいろいろある (提供:シーメンス)

4つ目は「レギュレーション問題の解決」。ディスクリート産業とは違い製薬業界は査察、例えば日本であれば厚生労働省、アメリカであればFDAなど、その国に医薬品を販売するときはその国の法規を守る必要があり、最近でも日本において製造上の不正が発覚したことで業務停止命令が出された企業もあることは記憶に新しいが、どのようにプロセスをデジタル化して透明性を確保するかを考えることが重要だとする。

特に、シーメンスはデジタルスレッドとデジタルツインの注目しているとする。デジタルスレッドの導入効果については、可視化ができることで状況把握および情報伝達時間の削減による業務スピードの向上が見込める点、ならびにペーパレス化ができるため、作業者による紙への記入、およびその報告といった作業時間の短縮や紙の使用量、保管場所の削減ができる点、さらに記録したデータの信頼性確保やセキュリティの実現ができるというデータインテグリティの効果がある点などがあるとする。

一方のデジタルツインについては、製品、製造、パフォーマンスのデジタルツインと、目的に合わせた工程におけるデジタルツインが可能だとする。例えば、新薬の開発におけるシミュレーションで治験はもちろん実施するものの、治験を行う前に医薬品が人体にどのように作用するかをシミュレーション上である程度把握できるようになったり、原薬の製造工程における攪拌、造粒、コーティングをシミュレーションすることで、現実世界で原材料を用いた実験を行う前に最適なパラメータを出すことが出来るようになったりするなど、作業工程の効率化に貢献することにつながるとする。「1つの医薬品が出来るまでに10年以上かかると言われていますが、その期間をどれだけ短くできるかはDX化にかかっています」と濱池氏は競争の激しい製薬業界における他社よりも早い開発の実現の重要性を強調する。

  • 新薬の開発におけるシミュレーションイメージ

    新薬の開発におけるシミュレーションのイメージ (提供:シーメンス)

DX化が叫ばれて数年、現在の日本には各企業によって経営や風土が違うものの、他社が取り組んでいるDX化を見て、それを自社に合わせることなくそのまま導入したり、DX化を進めることでどのような未来が待っているかというビジョンを共有することなく推進してしまったり、コンサルタントにすべてをまかせてしまってうまく行かずに終わってしまった例など、産業分野問わず、DX化に失敗した事例は多々あるという。産業分野のDX化を支援してきたシーメンスの一員として濱池氏は、「日本人に今1番必要なことは、変わらないことが機会損失だという意識を持つこと」だと指摘しており、そうした状況に対しシーメンスとしては、世界的に進んでいるDX化の流れを日本の工場に合わせる形で提案し、より日本の工場がスマート化、最適化できるように尽力していきたいとしている。