奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は5月8日、ビール醸造に適した酵母の単離に成功し、それを用いて健康イメージをアピールできるクラフトビールを商品化。テンフィールズファクトリー(TFF)が大阪府内で限定販売している「オオサカビール」の新ラインナップ「めっちゃGABA」として5月上旬から販売を開始したことを発表した。

同成果は、NAIST 研究推進機構 発酵科学研究室の髙木博史特任教授、同・西村明特任准教授、TFFの共同研究チームによるもの。

  • オオサカビール公式サイトの「めっちゃGABA」のページ

    オオサカビール公式サイトの「めっちゃGABA」のページ(出所:NAISTプレスリリースPDF)

現在、日本国内には700か所を超えるビールのマイクロブルワリー(小規模醸造所)があるとされ、さまざまなクラフトビールが販売されている(明確な定義はないが、日本では小規模醸造ビールが「クラフトビール」とされる)。

ビールの味や風味の差別化で重要なのが、醸造過程の主役となる、単細胞の微生物「酵母」の存在だ。ビールの主要な味・風味成分や有用物質などは、醸造過程で酵母のアミノ酸代謝によって生成されるものが多いため、ビールの品質向上や酒質の差別化には、アミノ酸の組成や生成量に特徴を有する酵母の発見・開発が極めて重要となる。また、その地域から単離された野生酵母を活用することで、ビールのブランド化にもつながる。

  • NAISTキャンパス内の池エリアで、野生酵母が採取された

    NAISTキャンパス内の池エリアで、野生酵母が採取された(出所:NAISTプレスリリースPDF)

そうした中で、研究チームは今回、NAISTキャンパス内でビール醸造可能な酵母の取得を目指し、特徴的なクラフトビールの開発を行うことにしたという。

まず、NAISTキャンパスの中央広場の池エリアに焦点が当てられ、同大学独自の酵母の単離が試みられた。最初に、同エリアに生息する植物が採取され、「マルトース資化性」による試料の選抜が行われた。マルトースとは、ビールの原料である麦汁に多く含まれている麦芽糖のこと。酵母は、醸造時にマルトースを取り込んで分解することでアルコールを産生する(資化とは、取り込み、分解することを指す)。

  • 野生酵母を単離するための実験の概略

    野生酵母を単離するための実験の概略(出所:NAISTプレスリリースPDF)

選抜の結果、マルトース資化性を示す酵母が約100株得られたという。その後、コロニーの色や出芽タイプの細胞を指標にさらなる酵母の選抜が行われ、20株の候補株が取得された。その上でDNA配列解析が実施され、「Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)」に属する酵母1株を単離することに成功し、「ADH837株」と命名された(通称「NAIST酵母」)。

次に、ADH837株がビール醸造に適しているかの検討のため、マルトースを含有する培地における発酵試験が行われた結果、同株は市販のエールビール酵母と同程度の発酵力を有することが確認されたという。

  • マルトース含有培地における発酵試験

    マルトース含有培地における発酵試験。ファーモグラフによって炭酸ガス発生量をモニターし、発酵力を測定した(出所:NAISTプレスリリースPDF)

そして最後に、TFFが経営するレストラン「ビールと羊」に併設されているマイクロブルワリーにおいて、ケルシュ(独・ケルン地方)様式のエールビールが試作された。対照として、一般的な市販エールビール酵母を使用したビールも醸造された。なお、エール酵母は上面発酵(発酵が進むと酵母がタンクの表面に浮き上がる)であり、下面発酵のラガー酵母とは種類が異なり、醸造されるビールの味わいや風味、飲みやすさなどに違いがある。

完成したエールビールについて、香気成分の分析を行ったところ、市販エールビールに比べて、フーゼル油臭のl-プロパノール、接着剤臭のイソアミルアルコール、リンゴ香のカプロン酸エチルの含量がそれぞれ半分程度に減少したという。一方で、バナナ香の酢酸イソアミルの含量が約1.7倍に増加したことから、オフフレーバーが減少し、フレーバーが増加していると考えられたという。また、実際の官能評価でも、バナナ香を含むフルーティーさが指摘されたとした。

さらに、エールビール中のアミノ酸含量の測定が行われたところ、必須アミノ酸のリジンと、バリン・ロイシン・イソロイシンなどの分岐鎖アミノ酸(BCAA)、旨味を呈するアスパラギン酸、健康機能性(リラックス効果、血圧降下作用、睡眠の質向上など)を有するγアミノ酪酸(GABA)がそれぞれ多く含まれていたという(リジン:8.3倍、BCAA1.52.0倍、アスパラギン酸:4.3倍、GABA3.3倍)。

  • 各アミノ酸含量の比較

    各アミノ酸含量の比較(NAIST酵母/市販酵母の比)(出所:NAISTプレスリリースPDF)

これらの結果から、ADH837株は特徴的かつ健康イメージを付与したクラフトビールを醸造できることが判明した。今回のクラフトビールは、オオサカビールの新ラインナップ「めっちゃGABA」として販売を開始しており、上述の「ビールと羊」で扱っているほか、オオサカビール取扱店にて順次発売を行うとしている。

また、NAISTとTFFはコラボレーションの第2弾を進めており、今後もユニークなクラフトビールを開発することで、地域や酒類業界の活性化に貢献していくとしている。