東京工業大学(東工大)と東京大学(東大)の両者は、優れた円偏光発光特性を示す、らせん構造を持つ有機分子「ヘリセン」の三次元状に共役系に拡張された「3Dπ拡張ヘリセン」の不斉合成を、独自の合成法をさらに改良を加えることで達成したことを共同で発表した。
同成果は、東工大 物質理工学院 応用化学系の森田楓人大学院生、同・佐藤悠大学院生、同・野上純太郎大学院生、同・永島佑貴助教、同・田中健教授、同・大学 理学院 化学系の岸田裕子大学院生、同・阿部倉優人大学院生、同・植草秀裕准教授、同・木下智和大学院生、同・福原学准教授、総合科学研究機構の杉山晴紀博士、東大大学院 薬学系研究科の鳥海尚之講師、同・内山真伸教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の化学および材料合成に関する全般を扱う学術誌「Nature Synthesis」に掲載された。
ほかのキラル有機分子に比べて円偏光発光特性が比較的高いことから、3Dディスプレイなどの次世代エレクトロニクス材料として応用が期待されているヘリセン。同分子は複数の芳香環がらせん状に縮環した化合物で、右巻きと左巻きの鏡像異性体が存在し、それに由来する特異なキラル特性を示す。しかし発光輝度が低く、また円偏光度にも向上の余地があることから、円偏光発光材料に応用する際の課題となっていた。
それを克服し、高い発光輝度と円偏光度を兼ね備えたのが、三次元状に共役系が拡張された3Dπ拡張ヘリセンである。しかし、高度に広がったらせん状共役系を持つ分子は、構造が大きくゆがんでいるため、合成難易度が高い点が大きな課題だったとする。そのため、このような分子に対する汎用的な不斉合成手法の開発と、キラル光学特性の解明が求められていた。
そうした中で、不斉遷移金属触媒を用いた付加環化反応によるヘリセン骨格の不斉構築と、Scholl反応によりπ拡張された巻き数の小さいヘリセンの不斉合成を実現したのが研究チーム。しかし、その合成手法をもってしても、多層構造を有し、より巻き数の大きなヘリセンについては、追加される大きな立体的ゆがみにより適応できなかったとする。そこで今回の研究では、線形縮環を含む、低ゆがみなヘリセン様分子を経由する3Dπ拡張ヘリセンの新規合成手法を考案することにしたという。
今回の合成手法では、1段階目である付加環化反応において、3か所の反応点を持つ分岐状アルキンに対し、不斉ニッケル触媒を用いることで、直線状の縮環を含むヘリセン様分子の不斉構築が行われる。このヘリセン様分子は拡大されたらせん径に由来する立体ゆがみの緩和により、付加環化反応の進行を可能にする点が特徴であるほか、部分骨格のアントラセン部位の高い反応性も有する。
研究チームはそうした特徴を活用し、2段階目である酸化的環化反応において、その位置での結合形成によりらせん径を縮小することでヘリセンに変換しつつ、周辺のアリール基での結合形成を同時に行えば、三次元的に共役系が拡張された3Dπ拡張ヘリセンの不斉合成を達成できるのではないかと考察したとする。
合成された2種の分岐状アルキンに対し、実際に不斉ニッケル触媒が用いられたところ、ヘリセン骨格に2つの線形縮環を含む13個および15個のベンゼン環からなるヘリセン様分子が得られたという。そして、種々の酸化剤を作用させることで、線形縮環部位および周辺のアリール基で酸化的環化反応が進行し、ヘリセン骨格に11個および13個のベンゼン環を含むπ拡張ヘリセンを最大でe.r.=87:13の鏡像体比率で得ることに成功したとした。
また、単結晶X線構造解析により、広範な領域でオーバーラップした2層のナノグラフェン層が確認されたとする。特に、13個のベンゼン環を含むπ拡張ヘリセンは部分的に3層構造を有しており、高ゆがみかつ高密度ならせん状構造が確認されたという。
また、合成されたヘリセンの発光輝度および円偏光度は、キラル有機分子の中でも優れた値を示し、なかでも3Dπ拡張ヘリセンについては、円偏光発光特性の評価指標である円偏光発光輝度は最大で513と、ヘリセン誘導体における最高値を示すことが確認されたとした。さらに、時間依存密度汎関数法を用いた解析により、ヘリセンのらせん方向および側面方向への構造拡張により円偏光度が向上することがわかったとする。このことから、円偏光発光特性向上のための新たな分子設計指針を得ることに成功したといえるとした。
今回開発された、段階的に高度にゆがんだ共役系を構築する合成手法は、キラルナノカーボンの新機能開拓のスピードアップに貢献するものとする。研究チームは今後、今回の合成手法をもとに、さらに優れた高輝度円偏光発光を示す3Dπ拡張ヘリセンをデザインし、3Dディスプレイなどの次世代エレクトロニクス材料へ応用することを考えているとしている。