2023年3月にKDDIがサービスを開始したメタバース・Web3サービスプラットフォーム「αU(アルファユー)」。メタバースをトレンドに押し上げた「バーチャル渋谷」などを手掛けた同社が、その知見を活かして始めたWeb3事業だ。バーチャル渋谷から何を学び、どのような経緯を経てαUは生まれたのか。スタートから約1年経った今、見えてきたものは何か。今回は、KDDI 事業創造本部 Web3推進部 部長の舘林俊平氏にお話を伺った。

  • KDDI 事業創造本部 Web3推進部 部長の舘林俊平氏

αUを生み出した、これまでの「学び」と「気付き」

αUは、「αU metaverse」「αU live」「αU market」「αU wallet」「αU place」という5つのサービスから成る。αU metaverseはその名の通り、バーチャル空間に再現された街並みの中で、音楽ライブや、利用者同士の会話が楽しめるコミュニティに出会えるサービスだ。αU liveは、バーチャル空間に再現されたライブ会場で音楽ライブを体験できる。αU marketはアートNFTやリアルで使えるユーティリティ付きのNFTなどを購入できる場所であり、αU walletは、そのNFTや暗号資産などを管理できるウォレットとなっている。αU placeはまるでリアルな店舗で買い物をしているかのような体験ができるバーチャルショッピングサービスである。このようなプラットフォームを展開するに至ったのには、KDDIがこれまでに手掛けてきた事業が大きく関係していると舘林氏は話す。

“人がいない”渋谷を、バーチャル渋谷で活性化

同社では2015年頃からVRやARの事業を手掛けている。さらに5Gサービスの開始時にはその魅力をより伝えていきたいと考え、渋谷の街でスマートフォンをかざすとARコンテンツが表示されるという取り組みも行った。この取り組みをさらに拡大すべく、大型のコラボ企画を進めている最中に起こったのが新型コロナウイルス感染症の拡大による緊急事態宣言の発令だった。

「渋谷は人流を定点観測する場所となり、“人がいない”象徴になってしまいました。人がいなければ、ARコンテンツの取り組みは難しくなります」(舘林氏)

そこで同社では、VR空間に渋谷の街を再現することを決める。渋谷区と協力した「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」の取り組みの一環として2020年5月にはメタバース空間に渋谷の街並みを再現した「バーチャル渋谷」をオープンしたのだ。コロナ禍が続いたことで、バーチャル渋谷ではハロウィンをはじめさまざまなイベントが開催され、その結果、「バーチャル渋谷でイベントをやりたいという声もたくさんいただき、一定の認知が取れた」と同氏は振り返る。

「バーチャル渋谷での経験から、若い人たちはリアルで何かを体験する行為と、バーチャル空間で何かを体験する行為をあまり区別していないことが分かりました」(舘林氏)

その一方で、同氏はメタバース空間における課題も感じたという。それはメタバース空間を日常的に活性化させる難しさだ。SNSの場合、コンテンツはユーザーが発信したものが主流である。しかしメタバースではサービス提供側がコンテンツを準備することになる。コンテンツをコンスタントに準備するには負担も大きく、何かユーザー側が自身で楽しみを見いだす仕掛けが必要だと感じたそうだ。

KDDIはなぜファンコミュニケーションを重視するのか

コンテンツを楽しむという点において、KDDIが重視しているものの1つにファンコミュニケーションがある。舘林氏は現状を「全員が同じものを同じタイミングで見る世界ではない。マスへのアクセスがなくなっている。それぞれが好きなものを、縦に深いコミュニティで見ている」と分析する。それぞれのコミュニティが小さくなれば、リアルの場で共通の話題に上げることは難しくなる半面、ネットやデジタル上でのコミュニティは強くなる。KDDI側から見ると、マスへのアプローチだけでは、顧客やユーザーとの接点が失われてしまうとも言えるのだ。

「それぞれのファンコミュニティは小さくなりますが、エンゲージメントは強くなっています。そこに対して、どうアクセスするのか。KDDIがコミュニティを支援することで顧客やユーザーとの接点が持てると考え、ファンコミュニケーションに力を入れているのです」(舘林氏)

スタートアップ支援の中で得られた気付き

また、KDDIではもともと、さまざまなスタートアップを支援している。舘林氏が所属する事業創造本部は、その名からも推察できるように「スタートアップと向き合うことに特化した部門」だと同氏は説明する。

支援のかたちは多様だ。スタートアップと大企業をマッチングする事業共創プラットフォーム「KDDI ∞ Labo」のようなものもあれば、投資をする場合もある。その中で気付きになったのが、2018年頃からスタートアップの資金調達のスタイルにNFTを含むトークンを採用するケースが出てきたことだ。

舘林氏によると、現状では国内のベンチャーキャピタルはトークンを保有することができない仕組みとなっている。KDDIも株式での投資を行ってきたが、このままではWeb3系の事業を行うスタートアップへ投資する機会が得られなくなってしまうのではと考えたという。

「ファンドで投資するというかたちを続けていけないという危機感から、社内でもWeb3に関する幅広い学びが始まりました」(舘林氏)