東京大学(東大)は4月4日、これまでは「輸送による破損」とされていた、1920年に岡山県で発掘された縄文人の頭骨に、鋭利な利器(刺突具)で破壊的に孔が開けられた痕跡があることを発見したと発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科 生物科学専攻の平野力也大学院生、東大 総合研究博物館の海部陽介教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本人類学会が刊行する人類学に関する欧文学術誌「Anthropological Science(Japanese Series)」に掲載された。

  • 刺突の痕跡が発見された縄文人骨の羽島6・7a号の頭骨(顔面の欠損した頭骨を前から見たところ)と、利器(鋭利な武器)として想定される鹿角

    刺突の痕跡が発見された縄文人骨の羽島6・7a号の頭骨(顔面の欠損した頭骨を前から見たところ)と、利器(鋭利な武器)として想定される鹿角 (出所:東大 総合研究博物館Webサイト)

旧石器時代と弥生時代の間に位置し、氷河期が終わった1万4~5000年前に始まり、紀元前3~5世紀ぐらいまで続いた縄文時代。これまで石器中心だった旧石器時代に対し、縄文式土器で知られる土器が作られるようになった時代であり、日本の歴史上の大きな時代区分としては2番目にあたるこの時代は、その後の弥生時代以降とは異なり、集団同士の組織的戦闘の証拠が見当たらないことから、平和な時代だったと考えられている。

その一方で暴力が皆無だったわけではなく、縄文人骨には、他者による意図的な損傷が疑われるもの、いわゆる“殺傷人骨”が1922~1982年にかけて十数例ほど報告されている。近年の分析的研究でも、それらが引用されており、これまで縄文人の暴力や闘いのあり方が考察されてきた。そうした中で、たとえば、縄文時代には1対1や1対多人数の闘いが存在し、石斧や石鏃(石製の矢じり)といった日常に用いる道具が利用されたといった推論がなされている。

しかし現時点で、縄文時代の殺傷人骨についての網羅的な調査はなされておらず、既存の報告事例についても第三者による十分な再検証がなされていないため、これらのデータがどれだけ実態が示されているのかは不明な部分があるとし、研究を前進させるためには、個々の事例の再検討と、既存人骨コレクションの系統的調査が必要だったという。そこで今回の研究では、4例の人骨が調べられた。

今回の研究で新たに人為的損傷が確認されたのは、岡山県倉敷市に所在する6200~5200年前(縄文時代前期)の「羽島貝塚」から1920年に出土した成人女性の「6・7a号人骨」。左の額の部分に楕円形の孔が存在しているのが大きな特徴だという。

  • 羽島6・7a号の頭骨全体像

    (A)羽島6・7a号の頭骨全体像。(B)左前頭部の楕円孔の拡大。孔から放射状に走るひび割れは、人為的損傷を示す特徴の1つだという(出所:東大 総合研究博物館Webサイト)

しかし、この額の孔は1941年当初の報告では、「輸送などの際の破損」とされていたという。その後、所蔵先の東大 総合研究博物館において多数の研究者の目に触れながらも、この孔については言及されることなく今日に至っていたとする。ところが、今回の研究において肉眼とCTスキャンによる検討が行われた結果、孔は頭骨の外面から内面に向かって拡大する、典型的な「刺器損傷」の形態を示すことが判明。近現代であれば、「銃器損傷」でも見られるものだという。

羽島6・7a号に加え、既報告の人為的損傷を有する縄文時代人骨3例についても同様に再検討が行われ、そのうちの2例においても同様の「刺器損傷」が確認された。後者については、これまで槍や弓矢による損傷との解釈があったが、丸みを帯びた孔の形状と、多方向より骨に垂直な方向に穿孔されている状況から、鹿角などの鋭利な物体が近距離から打ちつけられたと解釈する方が自然だという。

  • 羽島6・7a号の頭骨のCTスキャンによるイメージ

    (A)羽島6・7a号の頭骨のCTスキャンによるイメージ。孔が骨表面に対してほぼ垂直に、頭の外側から内側へ拡大する様子が観察できるが、これは尖った物体が頭蓋に刺入して生じる孔の特徴だという。(B)利器は、左前頭部に対してほぼ垂直に左側から刺突されたと考えられるとした(出所:東大 総合研究博物館Webサイト)

またこのような損傷が生じる背景として、先行研究では暴力行為に絞って議論がなされていたが、死亡直後でも同様な形態の損傷が生じ得ることから、死後の儀礼行為として遺体を損壊した可能性も考える必要があるとしている。

今回の研究成果は、ほかの既存の縄文時代人骨にも未報告の人為的損傷が存在する可能性があることを予見させると研究チームでは説明しており、今後、さらに網羅的・系統的な調査を行うことで、縄文時代の人々の暴力行為や風習についての理解が深まっていくことが期待されるとしている。

なお、今回の研究で調査された人骨の一部(羽島6・7a号と他にもう1体)は、東大 総合研究博物館で5月16日まで開催されている入場無料の特別展示『骨が語る人の「生と死」 日本列島一万年の記録より』にて公開中だ。