ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)、東京都医学総合研究所、東京医科歯科大学(TMDU)、杏林大学、NANO MRNAの5者は4月3日、現行の新型コロナウイルス用mRNAワクチンにおいて強い副反応を起こす要因の1つとなっていた、不安定なmRNAを「脂質性ナノ粒子」(LNP)にくるんで人体に投与する手法から、LNPを必要としない「裸のmRNA」の皮内投与技術を開発し、マウスやカニクイザルでのワクチン効果の実証に成功したことを共同で発表した。

同成果は、iCONM 内田ラボの内田智士ラボ長/主幹研究員(TMDU 難治疾患研究所 教授兼任)を中心とした共同研究チームによるもの。詳細は、遺伝子導入など細胞ベースの治療法に関する全般を扱う学術誌「Molecular Therapy」に掲載された。

  • ワクチンの体内分布

    (左上)ワクチンの体内分布(裸mRNAワクチンvs.脂質性ナノ粒子mRNAワクチン)。(左下)マウスにおける新型コロナウイルスの暴露における肺組織の比較(ワクチン未接種vs.ワクチン接種)。(右)ジェットインジェクターを用いた裸mRNAワクチンの皮内投与から抗体産生までの模式図(出所:共同プレスリリースPDF)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対しmRNAワクチンは有効性を示したが、その一方で短期間の開発による、重篤なものを含めた比較的強い副反応などの課題が顕在化している。副反応は数回程度の接種なら許容できても、今後も幾度となくCOVID-19に対するブースター接種が予想されており、ほかの感染症へのmRNAワクチンの適応も考えると、生涯にわたって数十回は接種できるような、より安全性の高いものが必要となってくる。

副反応の原因の1つがLNPで、それを構成する脂質は免疫刺激性を持つほか、投与部位から全身に漏出し、肝臓や脾臓などにおいて炎症反応を起こしてしまうことが問題だ。しかしLNPワクチンは、(1)分解を防いで細胞内に効率的にmRNAを送達する、(2)リンパ節に移行して免疫細胞にmRNAを送達する、(3)免疫刺激性脂質に起因する炎症反応が免疫系を刺激するなど、作用上の重要な機能も有する。そこで研究チームは今回、LNP無しでそれらを再現するため、最もシンプルで安全な設計である裸のmRNAの投与を検討することにしたという。

まず(2)に関して、現在のワクチンの接種部位である筋肉組織には免疫細胞がほとんど存在しないことから、より豊富な皮膚組織が標的とされた。

さらに(1)を補うために、圧を用いてmRNA溶液を細胞内に送達できるジェットインジェクター(JI)を用いることにし、実際にレポーター試験の結果、mRNAの皮膚組織内への送達効率が100倍以上に向上したことが確認された。しかもmRNAは投与部位に留まり、LNPのような全身性の炎症反応はなかったという。また投与部位の炎症反応については、LNPでは炎症細胞の浸潤や壊死が見られるが、裸のmRNAでは軽微だったとした。

次に、モデル抗原を用いてワクチンとしての機能が検証された。マウスを用いた「裸mRNAワクチン」による抗体産生誘導はJIを用いることで向上するほか、最大許容用量における比較では、LNP並みの効果を得られたという。

なお、抗体は体内に侵入したウイルスを包囲することで感染予防に寄与するが、すでに感染済みの細胞の駆逐には無力のため、感染細胞を攻撃する免疫細胞の産生を促す細胞性免疫が、重症化予防に重要とされる。そこで、細胞性免疫が評価されたところ、「裸mRNAワクチン」の接種で、「CD4陽性T細胞」や「CD8陽性T細胞」などの免疫細胞が効率的に誘導されていることが確認できたとした。

続いて、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を標的に感染防御実験が実施された。ここでは、同ウイルスへの感受性を高めたマウスの肺に同ウイルスを送り込み、発症する度合いが検討された。「裸mRNAワクチン」を事前に投与すると、未接種マウスと比べて肺のウイルス量が有意に低くなることが実証され、組織学的評価においても肺炎が有意に軽減されることが示されたという。同様にカニクイザルでも、顕著な副反応を伴うことなくマウスに匹敵するワクチン効果が実証されたとした。

また、メカニズムの解析も行われ、「裸mRNAワクチン」はリンパ節には移行していないが、投与部位にてmRNAを取り込んだ抗原提示細胞がリンパ節に移行していることが観察され、これがワクチン効果に寄与したことが考えられるとした。実際に、「裸mRNAワクチン」接種後に投与部位の所属リンパ節の成熟が観察されたという。

それに加え、JIが投与部位に限局した一過的な炎症を起因とし、リンパ球を呼び寄せることが判明。注射器でmRNAを投与した群では、このような炎症反応は観られなかったとした。JIによる免疫刺激が、ワクチン効果を高めるための「物理的アジュバント」として機能した可能性が示唆されたとする。なお、この局所の炎症反応は数日以内に消失したという。

今回の研究成果は、mRNA単体で感染症予防に成功した初めてのもので、実用的には、軽微な副反応ゆえに何度も接種可能なワクチンプラットフォームとなることが期待されるとする。現在、2026年中の臨床試験入りを目指し、開発を進めているとした。