国立天文台は3月28日、アルマ望遠鏡を用いて、地球から約1000万光年という最も近い距離にあるスターバースト銀河(爆発的に星を生み出している銀河)の「NGC 253」の中心部を観測して100種類以上の分子種を検出し、その解析の結果、同銀河の中心部には星の進化のさまざまな段階にある領域が混在していることを、従来にない詳細な形で描けたことを発表した。
また、得られた多数の分子種の分布図に機械学習の手法を適用し、従来、星の進化段階を知るための「指標」として使われてきた分子種に加え、いくつかの新たな分子種が指標として使えることを明らかにしたことも併せて発表された。
同成果は、国立天文台の原田ななせ助教を中心に、海外の研究者も参加したアルマ・ラージプログラム「ALCHEMI」によるもの。詳細は、米天文学会が刊行する宇宙物理学専門誌「The Astrophysical Journal Supplement Series」に掲載された。
銀河が星を生み出すペースはバラツキがあり、中には「スターバースト」と呼ばれる爆発的な勢いで次々と星を誕生させているものもある。星は、その材料となる分子ガスが、雲のように集まった分子雲の中でも密度の濃い場所で生まれる。活発な星を生み出す活動(星形成)の後には、生まれたての高温の星や、死にゆく星の爆発(超新星爆発)が周囲にエネルギーを放出することで、星形成が抑制される傾向にあることはわかっているが、まだ分からないことも多いという。
こうした星の進化の段階は、分子ガスの状態と密接な関係があると考えられ、分子ガスの状態もまた、さまざまな種類の分子の組成に影響している。つまり、分子ガスの組成を調べることが、スターバーストのメカニズムを知るカギとなるとする。分子ガスの状態やその組成が異なると、放つ電波の周波数が異なる。さまざまな状態や種類の分子を調べるためには、広い周波数範囲の電波観測を行うことが有効だという。そこで研究チームは今回、スターバースト銀河であるNGC 253の中心部について、広い周波数範囲を捉えることのできるアルマ望遠鏡を用いて、さまざまな分子が放つ電波信号の観測(輝線探査)を行うことにしたとする。
観測されたスペクトル(周波数ごとの電波強度)のパターンから分子ガスの密度を推定することが可能であり、結果としてNGC 253の中心部における分子ガスの密度が高く、その高密度ガスの量は天の川銀河の中心部の10倍以上であることが判明した。同銀河の分子ガス量当たりの星形成の頻度が天の川銀河の30倍以上と、非常に高いのは、分子ガス密度が高いことに起因している可能性が考えられるという(密度の高い場所では、効率よく重力が働くことで分子ガスが凝縮し、星が生まれやすくなる)。
分子雲を高密度に圧縮するメカニズムの1つが分子雲の衝突で、NGC 253中心部のガスや星の流れが交差する領域付近では、その衝突が起こる可能性がある。衝突が起こると超音速で進む衝撃波が生じ、氷の微粒子の表面に凍結していたメタノールや二酸化炭素、イソシアン酸などの分子が蒸発する。それらの分子はガスとして蒸発すると電波望遠鏡で観測できるようになることから、同銀河では分子雲の衝突が実際に起こっていると推測され、その結果、分子ガスの圧縮も起こっていることが考えられるという。
今回、NGC 253の中心部に複雑な有機分子が豊富にあり、若い星(原始星)の形成が活発な領域が発見された。天の川銀河内では、複雑な有機分子は若い星の周囲に豊富に存在し、高温・高密度環境も活発な星形成を生成していることがわかっている。同銀河でも、同じ状況である可能性があるとした。
星形成を減速させるような、前の世代の星が残した過酷な環境も観測された。大質量星が超新星爆発で放出する高エネルギーの宇宙線により、多くのエネルギーが注ぎ込まれている領域では、ガスは凝縮しにくく、星を形成するのが難しくなる。このような環境の指標となるのは、水素分子が宇宙線によって電子を剥ぎ取られた結果生じるヒドロニウムなどだ。今回得られた電波強度スペクトルから、太陽系近傍の少なくとも1000倍以上の速度で、水素分子の電子が宇宙線により剥ぎ取られている領域があることが確認されたとした。
今後、スターバーストのメカニズムの理解をさらに進展させるためには、より広い周波数範囲の観測が必須であり、現状ではかなりの時間を要してしまうが、期待されるのがアルマ望遠鏡のアップグレードを行う「アルマ2計画」である。同計画では、一度に観測できる周波数範囲を広げる「広帯域感度アップグレード」も進行中。これが完成すると、広い周波数範囲の観測に要する時間を格段に短縮できることから、大規模探査によるスターバーストのメカニズムの理解が飛躍的に進むことが期待されるとしている。