東京大学(東大) 宇宙線研究所(ICRR)は2月5日、大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」が、1月1日に発生した能登半島地震の影響で装置の一部に損傷を受けていることが判明し、修理には少なくとも数か月を要すること、さらに現在も損傷や不具合の調査が続行中であることを発表した。
1月1日に地震が発生した際、KAGRAの設置トンネル坑内での震度は3だったという。KAGRAのごく近辺の地表での正確な震度は震度計がなく不明であるものの、周辺地域では震度4程度の場所が多く、KAGRAのある岐阜県飛騨市での最大震度は震度5弱だった。
地震直後は余震の危険性があったことから、1月8日ごろまではトンネルへの入坑調査は最小限にし、主に遠隔での調査が行われた。1月2日から5日にかけて、真空ダクトや各種真空タンクには顕著な真空漏れがないこと、アクセストンネル、3kmの2本のトンネル、中央エリア、2つのエンドステーションでの吹き付けコンクリート、鋼製支保に損傷がないこと、送風・給排水・酸素/一酸化炭素モニター・高電圧・低電圧・火災・漏電・通信の各装置に異常がないことなどが確認されたほか、棚などからの落下物もなかったという。
その一方で、鏡を冷却する極低温装置については、地震直後は正常に運転していたものの、1月13日にXエンド用の給水ポンプが停止し、それが原因で冷凍装置4台が停止。その結果、2台の冷凍機用コンプレッサーやフレキチューブに異常が発生し、修理が必要な状況となっているとする。
重力波望遠鏡では、重力波により引き起こされる極めて微小な鏡の動きをレーザー干渉計で検出するため、地面からの震動はすべてノイズとなってしまう。そのため、鏡はすべて振り子構造の防振装置に取り付けられており、振り子自体の構造にも工夫が施されて地面からの振動の影響が可能な限り抑制されている。これにより、地面で常時発生しているマイクロメートルレベルの振動が、その100億分の1にまで減衰されているのである。
また小さな地震が発生した場合は、鏡が揺らされて一時的にレーザー干渉計が機能しなくなり、重力波の検出ができなくなる。しかしその場合は、鏡の揺れが収まるのを待って観測を再開するという設計である。
そして大地震への対策としては、鏡が大きく動きすぎないように鏡の周辺にストッパーが装備されており、鏡と振り子の過剰な揺れを防いでいる。万が一、鏡がワイヤーから外れてもストッパーによって受け止められ、それ以上落下しない仕組みにもなっており、今回もストッパーが役割を果たすことで鏡の落下は防がれたという。
しかし大地震の場合、振り子が平時よりも大きく揺さぶられることで、さまざまな不具合が発生する可能性もある。防振系の大半は真空タンクに格納されているため、外部から目視でその不具合を確認できず、防振系に装着されている各部位の位置や向きを検出するための数多くのセンサからの値が、地震発生前の状況と大きく異なっていないか、なおかつ、内部のモーターや非接触力で地震の前の値に戻せないかが確認された。加えて、各部位の位置や姿勢を駆動する駆動装置の入力信号に対し、その駆動される側の位置の相対変位関係が、地震前の健全な状態のデータや理論的予想と異なっていないかも確認された。
東大 ICRRによると、これらの作業は時間がかかるためすべての調査が完了したわけではないが、1月30日まででKAGRAの総数20基の鏡防振懸架装置のうち、少なくとも9基に、手動で調整する必要がある不具合や、いくつかの部品が脱落していることが判明したという。一方で残り11基については、引き続き調査中だ。
不具合のある鏡防振懸架装置は、レーザー光を成形するインプットモードクリーナー(IMC)の3つの鏡(MCo、MCe、MCi)の防振装置3基、レーザー光を再利用するためのパワーリサイクリングのための3つの鏡(PRM、PR2、PR3)の防振装置3基、両腕の3kmの長さの共振器を構成するサファイア鏡の防振装置3基(ITMX、ETMX、ETMY)だ。
IMCの防振装置3基のうち1基は姿勢をリモート操作で戻せず、鏡の位置と姿勢を精密に制御するのに必要な鏡駆動装置の一部をなす、鏡に接着していた磁石が脱落しており、2基は姿勢をリモートで戻せたが、そのうちの1つの鏡は、同様に鏡に装着していた磁石が脱落していた。さらに、防振装置の一部が接触してはならない部位に接触していることもわかったとする。
PRMは、地震直後から鏡の姿勢についての情報が得られない状態だったが、目視で内部の構成物の姿勢が大きく変位していることが確認されたとのことで、PR2とPR3は姿勢が崩れており、リモート操作で元に戻せなくなっているという。
これら6基の不具合を直すには、大気開放して真空タンクを開け不具合を確認し、姿勢を直し磁石をつけなおす必要がある。すでに大気開放と状況確認が行われ、IMCに関してはすでに修正作業が始まっているが、数か月程度の工程を要すると見積もられている。
また、PRMの防振装置の不具合により、レーザー光を共振器へ入射できる形に成形するための鏡(IMMT1、IMMT2)についても大気開放して光軸チェックを行う必要があり、約1か月の工程を要することが見積もられた。
さらに、レーザー干渉計の両腕の3kmの長さの共振器を構成する4つのサファイヤ鏡のうちの3つ(ITMX、ETMX、ETMY)に装着されていた磁石も多数が脱落していることが判明し、一部の加速度計の信号も断絶しているという。これらの鏡はすでに約-188℃の低温に冷却されていたため、温度を常温に戻し、真空タンクを開けて修理を行い、再び真空に戻し、低温に冷却する必要がある。そのため、これらの作業も数か月が必要と考えられるとする。
なお東大 ICRRは、そのほかの鏡防振懸架装置の調査については現在進行中としている。