筑波大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)の両者は2月22日、免疫抑制剤として知られ、らせん構造を持つ「シクロスポリンA」をらせん誘起物質として用いて、極めて高い光学活性を持つ「らせん磁気活性導電性高分子」を合成することに成功し、その高分子が磁場に対して同方向または反対方向で円偏光の吸収の差異を示すことを確認したと共同で発表した。

同成果は、筑波大 数理物質系の後藤博正准教授、筑波大 理工情報生命学術院 数理物質科学研究群 応用理工学学位プログラムの駒場京花氏、KEK 物質構造科学研究所の熊井玲児教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する生物物理学・生化学・生体材料・ソフトマターなどに関する全般を扱う学術誌「The Journal of Physical Chemistry B」に掲載された。

半導体分野において、磁場を担う電子の自転(スピン)の向きを制御することで電子機器の制御を行うといった、スピントロニクスの研究が長く続けられている。その1つとしては、1990年代に活発に研究が行われた、分子内のトポロジー的分子配列を用いた「高分子有機磁性体」が挙げられる。しかし同磁性体は、スピンの強磁性的な配列を形成するものの、低温でのみしかそれを観測することができず、十分な強磁性を得ることが困難だったという。

そうした中で研究チームはこれまで、らせん型のスピン配列を持つ物質の構造を転写した各種導電性高分子の合成を行ってきたとのこと。その分子設計においては、らせんを誘起する物質の選択が肝要とする。そこで今回の研究では、シクロスポリンAを用いて、導電性高分子の合成を試みたという。なお、シクロスポリンAはアミノ酸で構成されている一方、有機溶媒にも溶かすことが可能であるという特徴を持ち、今回はその溶液が用いられた。

実験ではまず、少量のシクロスポリンAを、液晶ディスプレイなどに利用される主要液晶物質「4-cyano-4'-pentylbiphenyl」に溶解させ、シクロスポリンAの構造に基づくらせん構造を持つ「コレステリック液晶」が作成された。なおコレステリック液晶とは、光学活性でキラリティ(右手と左手のように、構造上互いに重ね合わせることのできない性質のことで、右回りと左回りのあるらせんもその1つ)を持つ液晶のこと。らせん構造を持つために、そのらせんの周期に対応した光反射(選択反射)を示すという特徴を有する。

そして研究チームは、そのコレステリック液晶を反応溶媒とし、モノマーに「2,7-di(2-furyl)fluorene」を用いて、導電性高分子フィルムを電気化学的に合成した。通常の有機溶媒を用いた合成法では、光学的に不活性で、分子鎖がランダムな方向に伸びた構造の導電性高分子となるが、今回の手法においては、巻き方向が一方向に偏ったらせん構造が形成され、光を特定の方向に回転させる光学活性を有する導電性高分子が得られるという。つまり、シクロスポリンAの光学活性(らせん構造)が液晶によって増幅され、この形状が導電性高分子フィルムに転写されるのである。さらにシクロスポリンAは、非常に高いらせん誘起力を持つことも明らかにされた。

またこの導電性高分子について、KEK フォトンファクトリーのシンクロトロン放射光を用いたX線回折により微細構造が調べられた。すると、反応溶媒に用いられたらせん液晶と同じ構造であることが判明。このことから、この導電性高分子は液晶ではないものの、液晶の分子配列を形成していることが明らかにされた。

  • 今回の研究で得られた有機導電性高分子の分子構造の評価結果

    今回の研究で得られた有機導電性高分子の分子構造の評価結果。(a)導電性高分子の偏光顕微鏡観察により確認された、らせん構造を持つコレステリック液晶に特有な指紋状模様。(b)シンクロトロン放射光を用いたX線回折結果から推定された分子構造(出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、磁性体としての性質を調べるため、キラリティを持つ磁性体を評価する手法である「円偏光電子スピン共鳴」の測定も実施された。一方向に磁場を印加しながら円偏光マイクロ波の照射方向を変えて照射を行ったところ、マイクロ波の吸収に異方性が確認されたという。導電性高分子でこのような磁場に対するマイクロ波の吸収の違いが得られたのは初めてとのことで、それに加え、反射スペクトルも測定すると、タマムシのような角度依存型の構造色に由来するスペクトルが観測されたとする。

  • 円偏光のイメージ。光の振動方向がらせんを描く

    円偏光のイメージ。光の振動方向がらせんを描く(出所:共同プレスリリースPDF)

  • 磁場下での導電性高分子に対する円偏光マイクロ波透過のイメージ

    磁場下での導電性高分子に対する円偏光マイクロ波透過のイメージ。磁場と反対方向から円偏光マイクロ波を照射した場合、左円偏光のみが吸収され透過率が下がる(出所:共同プレスリリースPDF)

スピントロニクス分野における導電性高分子の報告はこれまでなく、今回の研究成果は、ポリマースピントロニクスの第一歩となるものだという。研究チームは今後、導電性高分子および有機磁気活性高分子とキラリティを組み合わせ、半導体材料や金属材料とは異なる用途で応用可能なスピントロニックプラスチック材料を開発する予定としている。