高知工科大学(KUT)は2月21日、ホンダがfMRI(磁気共鳴機能画像法)を用いて発表した「安全運転には頭頂葉の左楔前部が大きく関与している」という実験結果に対し、脳ドックでの大規模脳構造データで裏付けし、ADHD(注意欠如・多動症)様行動が見られる健常者は、脳の頭頂葉にある楔前部の容積が小さいほど交通事故を起こしやすいことがわかったと発表した。
同成果は、KUT 地域連携機構 地域交通医学・社会脳研究室のHandityo Aulia Putra研究員、同・朴啓彰客員教授、弘前大学の大庭輝准教授、岩手医科大学の山下典生准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
ADHDは、最も頻繁に診断される発達障害の一分類であり、成人のADHD患者は交通事故を起こしやすい傾向にあることが明らかにされている。こうした交通事故を減らすため、衝突被害軽減ブレーキなど、自動車側の先進安全機能の強化も進められているが、その究極である一般道におけるレベル5の完全自動運転の実用化にはまだしばらく時間がかかると見られており、また実用化できたとしても、それが普及するにはさらに時間を要するのは確実だ。
そのため、現状ではドライバーのエラーを最小限に抑えることが重要となる。しかし、エラーのもととなる不適切な情報処理(危険認知、判断、予測、瞬時のアクセル・ブレーキ操作)に関する脳の詳細な神経機構はまだ解明できておらず、運転中の脳活動の計測には技術的な課題もあったとする。
今回の研究は、ホンダの研究成果を受けてのものであることは冒頭で述べたとおりだが、fMRIを用いた脳機能研究では、座位や狭い空間での計測など制約もあり、限られたタスクおよびサンプル数が小規模となってしまうなどの課題があるとのこと。そこで研究チームは今回、大脳灰白質の脳部位容積と安全運転行動との複雑な関係を明らかにすることを目的とし、2548名の脳ドックデータ(脳構造のデータ)とADHDの特性(健常者でも何らかのADHD傾向がある)との交差点事故歴の関係についてパス解析を行ったという。
ADHD様行動は、注意欠如・多動・多弁の3カテゴリに分類される。今回の研究ではアンケート調査によるスコアと脳部位容積値が調べられ、正負の相関を持つ脳領域が確認された。3カテゴリの対象領域は、以下の通りだ。
注意欠如
右直回、右上前頭回内側、左内側眼窩回、左嗅内野、左楔前部、右前帯状回、左後帯状回
多動
右角回、右嗅内野、左内側眼窩回、左舌回、左楔前部、左後島質、左後帯状回、左縁上回、右横側頭回
多弁
左前眼窩回、右中心後回内側、右縁上回、左舌回、左楔前部
解析の結果、注意欠如、多動、多弁の3カテゴリすべてで共通する領域は、左楔前部のみであることが判明した。楔前部は視空間認知と周辺環境における知覚情報の統合に関連するとされ、ホンダの発表の通り、同領域が交通事故に関与する重要な脳部位であることが証明されたとしている。
今後の展開としては、たとえば、運転免許の更新でADHDに関するアンケート調査を行い、交通事故を起こすリスクの高い個人を特定できれば、安全運転指導を強化できる可能性がある。加えて、脳ドックでもできる簡単なMRI検査を導入すれば、さらなる交通事故防止や交通安全の向上が期待できるとする。
また今回の研究では、脳ドックで得られる大規模脳構造データを用いたことで、個人差にも対応した結果が得られ、fMRIの抱えていた課題が解決され、今後はfMRIによる脳機能データと脳ドックによる脳構造データとのコラボレーションが進む可能性が見込まれるという。KUTの朴客員教授は、「脳ドックは日本独自の脳予防医学システムであり、他国の追随を許さない社会脳科学分野の確立・発展に貢献していきます」と意気込みを語っている。