沖縄科学技術大学院大学(OIST)は2月15日、水中ドローンで採取した環境DNA(eDNA)を用いて、サンゴ礁の深場(准深海)に生息する造礁サンゴの属を特定したことを発表した。

同成果は、OIST マリンゲノミクスユニットの佐藤矩行教授、同・西辻光希博士、同・成底晴日氏、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)の永濱晋一郎氏らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立協会が刊行する科学全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Royal Society Open Science」に掲載された

中有光サンゴ生態系は、熱帯・亜熱帯の水深30~150mの日光が弱い環境にあるが、浅瀬のサンゴ生態系に比べ、より多くの固有種が生息しているという。日本の中有光サンゴ生態系には、世界でも有数のさまざまな「イシサンゴ」が生息しており、研究者にとっては特に重要な場所とされる。

しかし、上述したように生息深度が100m以上にもなることも少なくなく、その深度になるとスキューバダイビングによる観察も困難(そもそも、スキューバダイビングの技術に加え、分類学の知識も有した人材の確保が難しいという)であることから、日本に限らず、中有光サンゴ生態系はこれまでのところあまり解明されていないという。既存の研究方法では、中有光サンゴ生態系をより詳しく調査するには限界があり、その基礎的な生態を理解するためには、新たな手法が必要とされていた。

そうした中で期待されているのが、環境DNAを利用した研究手法だという。生物が体内から環境に排出する遺伝物質である環境DNAを利用すれば、特定の生息地に生息するサンゴやそのほかの生物の種類を特定することができ、生物多様性を評価するための強力なツールとなるという。また環境DNAを用いた手法は、サンゴの研究に向いているという。まず、サンゴは魚と違って移動しないことから生息場所の不確実性を排除することが可能だ。さらに、サンゴは常に粘液を海中に分泌しているため、その環境DNAをより豊富に採取できるからである。

それに加えて今回は、NTTコムから研究チームに協力が持ちかけられ、同社で運用するミニROV(水中ドローン)を使って、より深いサンゴ礁から海水を採取して環境DNA分析を行うことが提案され、それが実行されることになったという。

  • サンゴは保護粘液層を作り、周囲の海水から自身の組織を守っている

    サンゴは保護粘液層を作り、周囲の海水から自身の組織を守っている。この粘液層では、特定の物質が有害なバクテリアと積極的に戦い、サンゴを病気から守っている (写真提供:H.Yamashiro) (出所:OIST Webサイト)

沖縄本島の西約30kmに位置する慶良間(けらま)諸島国立公園は、「ケラマブルー」と呼ばれ、沖縄諸島で最も透明度が高い海域の1つで、世界屈指の美しさを誇るといわれる。今回の研究では、水深約20~80mのサンゴ礁の1~2mほど上の海水が0.5L採取された。採取は、座間味(ざまみ)島周辺の6つの異なる水域内の24か所で行われた。そして、採取された海水が「メタバーコーディング解析」にかけられ、サンゴの環境DNAの解析が行われた(核DNAよりも豊富で質の高いミトコンドリアDNAが分析された)。メタバーコーディング解析では、イシサンゴに特有の遺伝子マーカーが使用され、各サンプルに含まれるサンゴの属を識別する仕組みだ。そして、准深海のサンゴを属レベルで特定することに成功したという。

解析結果から、慶良間諸島周辺のサンゴ礁では、場所や水深によってイシサンゴの構成が異なることが突き止められた。たとえば、「ミドリイシ属」は11地点で最も高い比率を示し、座間味島の岩礁ではこれらのサンゴが一般的であることが示された。また、ミドリイシ属の環境DNAの比率は、浅い岩礁や斜面上部の尾根で高く、「ハマサンゴ属」の比率は中深度域で高くなることが確認された。深さについては、ミドリイシ属は浅い岩礁(15m以下)で多く検出され、ほかの属は深い岩礁(20m以上)でより頻繁に検出されたとした。このような結果から、今回の手法は、准深海にある中有光サンゴを属レベルでより効率的にモニタリングできる可能性が示唆されているとした。

  • 座間味島周辺の6つのモニタリング海域における海水採取地点を示した地図

    座間味島周辺の6つのモニタリング海域における海水採取地点を示した地図 (出所:OIST Webサイト)

またNTTコムでは、佐藤教授の要望に応え、今回の水中ドローンの改良強化版をすぐさま開発。サンプラーが追加されて1回の潜水で2つのサンプルを採取できるようになり、コントローラーとドローン間のケーブル長も150mから300mに延長された。さらに、終日の調査にも対応できるよう、バッテリー交換を行える仕様に改められたという。

  • 慶良間諸島の各モニタリング地点におけるイシサンゴの分布とおおよその割合を示す棒グラフ

    慶良間諸島の各モニタリング地点におけるイシサンゴの分布とおおよその割合を示す棒グラフ。下段に、イシサンゴの属名を色分けして示した。1~24番に、環境DNAサンプリング地点と、おおよその水深(メートル)で示されている。SFは表層海水 (出所:OIST Webサイト)

研究チームは現在、琉球大学の中有光サンゴの専門家、フレデリック・シニゲル博士と波利井佐紀博士と共に、改良版水中ドローンを使って、沖縄北部の瀬底(せそこ)島近くの調査地で、テストを実施中だ。佐藤教授はサンゴの調査方法に革命を起こしたいと考えており、現在の調査範囲はまだ極めて限定的だが、改良版水中ドローンであれば、浅海から水深60m、あるいはそれ以上の場所まで調査を拡大できるとしている。

  • 海水サンプルの採取をより容易にした

    2つのサンプラ、交換可能なバッテリ、より長いケーブルを搭載した改良水中ドローンが、海水サンプルの採取をより容易にした (出所:OIST Webサイト)