北海道大学(北大)と東洋大学の両者は2月6日、免疫システムから逃れるがんを治療するためのまったく新しい技術の開発に成功したことを共同で発表した。

同成果は、北大大学院 医学研究院の小林弘一教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

がん細胞は、がんであることが発覚する数か月前、あるいは数年前といった比較的近い時期に生じ、それが増殖していくイメージが持たれているが、実はそうではなく、人体においては毎日のように数百から数千のがん細胞ができていると考えられている。それではなぜがんにならずに済んでいるのかというと、免疫系によってがん細胞が排除されていることが理由だと推測されており、その免疫系の主役が「細胞傷害性T細胞」である。

同T細胞は、がん細胞に存在するがん抗原を認識することによりがんを攻撃し、がんから体を守る(がん細胞以外だけでなく、異常が生じている細胞を発見し、破壊・除去を行う役割を担う)。このような仕組みによって通常はがんにはならないのだが、免疫系から逃れることができるがん細胞が出現してしまうと、がんを発症するのである。

  • 細胞傷害性T細胞が、がん細胞を攻撃するイメージ

    細胞傷害性T細胞(白)が、がん細胞(赤)を攻撃するイメージ(出所:北大プレスリリースPDF)

がん細胞の免疫逃避手段の中で最も重要なものの1つとされるのが、「MHCクラスI分子」の低下だ。同分子はほぼすべての細胞の表面に存在し、がん化するとそのがん細胞のMHCクラスI分子によって、細胞傷害性T細胞に、細胞内部に生じたがん抗原を提示する。しかし、多くのがんはMHCクラスI分子の量を減らすことによって、免疫機構から逃避することがわかっている。

このことから、がん細胞におけるMHCクラスI分子の量を増やすことができれば、治療になるというアイデアが以前から存在していたというが、それを可能にする有効な技術が存在していないのが現状である。また、MHCクラスI分子を増加させる薬剤は存在しているものの、特異的でないため副作用が強く、実際の治療に使うことは困難だったという。

そうした中で最近になって、がん細胞におけるMHCクラスI分子の低下は、MHCクラスI制御因子「NLRC5」の減少が主要因であることを発見したのが研究チームだ。多くのがん細胞では、「NLRC5遺伝子」にメチル化修飾がかかっているため、NLRC5が発現できない状況になっているという。そこで今回の研究では、NLRC5遺伝子のメチル化を解除し、かつNLRC5遺伝子を活性化させられる新技術の開発を試みたとする。

今回開発された「TRED-Iシステム」は、がん細胞のNLRC5の発現レベルを特異的に回復し、MHCクラスI分子レベルを上昇させられることが大きな特徴だ。そのがん治療効果を検証するため、動物モデルを用いた実験を行った結果、同システムにより、がん細胞に対する細胞傷害性T細胞の応答および攻撃能が大幅に向上することで、がんに対する治療効果を得られることがわかったとのことだ。

  • TRED-Iシステムの導入により自己の持つ免疫系が活性化され、がんの大きさの縮小が認められた

    動物モデルにおいて、TRED-Iシステムの導入により自己の持つ免疫系が活性化され、がんの大きさの縮小が認められた(出所:北大プレスリリースPDF)

また、免疫チェックポイント阻害剤に耐性があるがん腫でも、TRED-Iシステムと併用すれば、高い治療効果を得ることが可能なことも確認されたする。同システムはチェックポイント阻害剤などの従来の免疫療法に耐性があるがんにも効果があるため、多くの種類のがんへの応用が可能だと考えられるという。なお同システムは単独でのがん治療だけでなく、従来の免疫療法との併用も大きな治療効果をもたらす可能性があるとしている。

  • TRED-Iシステムによる脱メチル化は、MHCクラスI分子レベルの回復と、細胞傷害性T細胞の活性化をもたらし、がん細胞を攻撃することが可能となる

    NLRC5遺伝子のプロモーターのメチル化が起こると、NLRC5のレベルが低下し、それによりがん細胞におけるMHCクラスI分子レベルが低下し免疫系から逃避してしまう。TRED-Iシステムによる脱メチル化は、MHCクラスI分子レベルの回復と、細胞傷害性T細胞の活性化をもたらし、がん細胞を攻撃することが可能となる(出所:北大プレスリリースPDF)