京都大学(京大)、核融合研究所(核融合研)、統計数理研究所(統数研)、データサイエンス共同利用基盤施設の4者は1月26日、核融合研が運用する世界最大級のヘリカル型超伝導プラズマ実験装置「大型ヘリカル装置(LHD)」において、数理的技術のデータ同化を応用した新たな予測制御システム「ASTI(アスティ)」を開発し、その制御能力を実証したことを共同で発表した。

同成果は、京大 工学研究科の森下侑哉助教、同・村上定義教授、核融合研の釼持尚輝助教、同・舟場久芳助教、同・横山雅之教授、同・長壁正樹教授、統計数理研究所/データサイエンス共同利用基盤施設の上野玄太教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

磁場閉じ込め方式の核融合発電を実現するためには、核融合プラズマの複雑な挙動を予測し、制御することが必須となる。そこで考えられる制御手法が、数値空間上に再現したプラズマに基づいて実体の制御を行う「デジタルツイン制御」だ。

  • 計算機上に再現した仮想プラズマを通して現実のプラズマを制御するデジタルツイン制御のイメージ

    計算機上に再現した仮想プラズマを通して現実のプラズマを制御するデジタルツイン制御のイメージ。今回の研究では、リアルタイムで得られる観測データにより、仮想プラズマの精度を高めながら制御を行うことができるシステムが開発され、LHDでの実験によりその制御能力が実証された(出所:京大プレスリリースPDF)

しかし核融合プラズマの中では、複雑な流動現象や加熱、燃料供給、不純物、中性粒子などの多くの要素が複雑に絡み合うため、シミュレーションモデルを用いた高精度の挙動予測や現象解析が困難だ。さらに、将来の核融合炉では計測手段が限られるため、プラズマの状態把握のための情報が不足した不確実性が大きい状況下で、予測制御や状態推定を強いられることが想定されるという。そこで研究チームは今回、そのような状況下でもリアルタイムに得られる観測情報を用いて予測モデルを最適化し、モデル精度を高めた状態で最適な制御を推定できるシステムを新たに開発することを目指したとする。

データ同化は、観測される情報を用いて数値シミュレーションと現実との差異を低減させる手法だ。同手法は、気象予報などで用いられており、大規模なシミュレーションモデルを観測情報に基づいて最適化し、予測の精度を高めるために役立てられている。そこで今回の研究では、新たに制御機能も加えられ、核融合プラズマのデジタルツイン制御を行うシステムとして、ASTIが開発された。

ASTIでは、シミュレーションモデルを核融合プラズマの実際の挙動にリアルタイムで適応させることで、モデルの精度が高い状態でプラズマの振る舞いを予測した上で、その予測に基づいて制御を行うことが可能だ。同システム内では、条件が異なる多数のシミュレーションを並列して行うことで、プラズマの将来の状態が確率的に予測しているとのこと。この確率分布に対し、観測された情報や実現したい状態の情報を反映させる(同化させる)ことにより、シミュレーションモデルの最適化や制御入力の推定を行うことができるとする。

  • ASTIの中で行われる多数のシミュレーションが現実のプラズマへの適応や制御の推定を可能にしているとした

    ASTIの中では、多数のシミュレーションがリアルタイムに並列して行われており、さまざまなプラズマの状態が予測されている。この多数のシミュレーションが現実のプラズマへの適応や制御の推定を可能にしているとした(出所:京大プレスリリースPDF)

研究チームは今回、ASTIをLHDに適用。LHDには、強力なレーザー光をプラズマに入射し、電子に当たって跳ね返ってきた光を分析することで電子の温度と密度を計測する「リアルタイムトムソン散乱計測手法」などの高度な機器が備えられているといい、そうしたリアルタイムで観測される電子の密度・温度分布により予測モデルを最適化しながら、「電子サイクロトロン共鳴加熱装置(ECH)」(電子のサイクロトロン運動と共鳴する周波数の電磁波をプラズマに入射して電子を加熱する装置)による、実際のプラズマの電子温度の制御実験が行われた。

その結果、モデルの予測精度を向上させながら電子温度を目標温度に近づけることができ、データ同化に基づいたデジタルツインによる核融合プラズマの予測制御を世界で初めて実証したという。今回開発された制御技術は、これまでは難しかったプラズマの密度や温度分布の制御をはじめ、プラズマ内部からの熱の逃げやすさといった直接計測していない量の制御にも適用できるため、核融合炉制御の基盤技術となることが期待されるとしている。

今回の研究で開発された制御システムは、さまざまな構成要素を同時に考慮する必要がある核融合炉の制御において土台となるものだ。また今回の制御実験自体は初期的なものとしたものの、プラズマの分布制御や突発的な消失現象の回避といった核融合発電に必須となる制御の実現に向けた重要な一歩だという。そして今後は、今回の制御システムを拡張し、より困難な制御問題の解決に向けた実証実験をLHDや国内外の実験装置でも行う予定とする。

またASTIでの制御手法は、シミュレーションだけでは高精度な予測が困難な状況における適応型予測制御の土台となるものでもあるとのこと。そのため核融合プラズマだけでなく、道路交通量や河川水位の制御といった多くの不確実な要素が絡む社会的制御課題を解決する基盤となることが期待されるとしている。