東京大学(東大) 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は12月21日、現時点での世界最大級規模の銀河サーベイである「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ」(SDSS)から得られた約100万個の銀河の空間分布(分光データ)および個々の銀河形状(撮像データ)を同時に解析することで、宇宙全体の構造形成の種となった「原始ゆらぎ」に関する重要な統計的性質を制限することに成功したことを発表した。
同成果は、Kavli IPMUの栗田智貴大学院生/特任研究員(現・マックス・プランク天体物理学研究所 博士研究員)、同・高田昌広教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する素粒子物理学や場の理論・重力などを扱う学術誌「Physical Review D」に掲載された。
現在、宇宙マイクロ波背景放射や宇宙の大規模構造の精密観測・解析によって、宇宙の主要なエネルギー成分として「冷たいダークマター」(CDM)とダークエネルギー(Λ)の2つを持つ「ΛCDMモデル」が、標準宇宙理論として確立されている。同モデルにおける構造形成シナリオでは、初期宇宙の急加速膨張(インフレーション)期に、“原始ゆらぎ”と呼ばれる星や銀河、銀河団などの宇宙のあらゆる構造の種が生成されたと考えられている。
原始ゆらぎの性質は、初期宇宙の物理の詳細によって決定される。たとえば、最も標準的なインフレーションモデルである「単一場インフレーション」によって生成される原始ゆらぎは、正規分布(ガウス分布)に非常に近い統計性を持つことが予言されている。つまり、原始ゆらぎの「ガウス分布からのずれ」(原始非ガウス性)の探索は、現在の標準宇宙理論に対する重要なテストになるのである。そして、もし実際の宇宙の観測データから有意な水準で原始非ガウス性が検出されれば、初期宇宙における原始ゆらぎの生成プロセスについての理解が飛躍的に進展するとして期待されている。
原始ゆらぎは生成直後は非常に小さいが、重力不安定によって増幅され、非一様性を成長させていく。より小さな領域のゆらぎが重力で成長し、ダークマターが密集した塊(ハロー)の領域を作り、ハローが何度も衝突・合体を繰り返すことで、ハローの中で星・銀河などの天体が形成されてきたとされ、宇宙中でそのような銀河形成が起きることで、最終的に現在観測されているような宇宙の大規模構造が作られたとする。
一方、上述したような構造形成過程では、銀河は周囲の重力場との相互作用の上で形成されていくため、それぞれの銀河の持つ特徴にも重力を介した統計的な相関が現れる。特に、個々の銀河の形状(形や向き)が周囲の潮汐力場と相関を持つ(揃う)ことから、宇宙広域に分布する銀河の形状パターンにも、背後にある原始ゆらぎの性質が反映されることが明らかになってきたという。
従来の大規模構造の解析では、銀河の「点」としての空間分布のみが着目されてきた。しかし、同時にそれらの「形状」という新しい観測量に着目することは、単に付加情報を与えるだけでなく、従来では探査できなかった初期宇宙の物理への独立な指標にもなることから、近年注目され始めているとのことだ。
そこで研究チームは今回、銀河の空間分布(分光データ)および個々の銀河形状(撮像データ)を組み合わせることで、銀河の形状パターンに含まれる主要な統計的情報を抽出する「銀河形状パワースペクトル」を測定する手法を開発。そして、同手法をSDSSによる約100万個の銀河に適用することで、銀河形状パワースペクトルの測定を実施したとする。
そして測定の結果、1億光年以上離れた2つの銀河の形状に相関が確認され、これらの銀河の向きが統計的に有意に揃っていることが検出された。このことは、形成過程が見かけ上独立であり、因果関係がないように見える遠い銀河同士の間に相関が存在することを示すといい、これはインフレーション理論が予言する相関を示すものであり、銀河の形状を通してその予測が確認されたことを意味するとした。
さらに、この相関について詳細な調査を行った結果、最も標準的なインフレーションが予言する相関と矛盾しない、つまり原始ゆらぎの非ガウス性を示さないことが確認できたとする。今回の研究により、銀河形状で測定可能な原始非ガウス性について、初めて観測的な検証が実現したのである。
今回の手法と研究成果は、銀河の空間的な分布だけでなく、銀河の形状を用いた新しい測定手法、またそれを用いて宇宙理論やインフレーションの予言を検証する手法を与える。研究チームは、Kavli IPMUが主導するすばる望遠鏡の超広視野多天体分光器(PFS)をはじめとした将来の大規模かつ高精度の宇宙観測データを用いて、今回の研究で開発された手法により、インフレーションの物理に迫れるとして期待されるとしている。