東京大学(東大) 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は11月2日、直線偏光した「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)の偏光面が回転する「宇宙複屈折」現象に対し、「重力レンズ効果」を取り入れた精密な理論計算を実現したことを発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科 物理学専攻の直川史寛大学院生、Kavli IPMUの並河俊弥特任助教らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する素粒子物理学や場の理論・重力などを扱う学術誌「Physical Review D」に掲載された。
光は進行方向に対して垂直に振動しそれが偏光と呼ばれる。光が進む間、通常は偏光の向きは一定だが、特別な環境下では回転することがある。2020年に日本人研究者により、欧州宇宙機関(ESA)の「プランク宇宙望遠鏡」が過去に取得したCMBの偏光データの精密再解析が行われた結果、CMBの光は宇宙初期に放たれてから現在までの間に、わずかに偏光の向きが回転している可能性があることが報告された。これが宇宙複屈折現象である。
宇宙複屈折は現在の理論では説明が極めて難しく、その背後には未知の物理現象が潜んでいることが期待されている。その有力な候補が、未知の素粒子「アクシオン」で、光子と反応し偏光の向きを回転させると考えられている。よって、宇宙全体に同素粒子が一様に分布しているのであれば、2020年の報告の説明が可能だとするほか、同素粒子はダークマターやダークエネルギーの役割を果たす可能性もあるという。
次世代の天文台や宇宙望遠鏡などによる精密変更観測であれば、宇宙複屈折を引き起こす物理の正体に迫ることができるとする。これらの計画による宇宙複屈折の将来的な高精度観測データと、理論的に計算されたシグナルを比較することで、アクシオンの素性に詳細に迫ることができるという。そのためには、理論計算の精度向上も不可欠だが、従来の計算では「重力レンズ」(GL)効果が取り入れられていないことも課題となっていた。
CMBの光も、宇宙空間に分布するダークマターによってGL効果を受けて進路を曲げられる。つまり、CMBの精密な理論計算のためには、GL効果も取り入れた計算を行う必要がある。標準宇宙論の枠内では計算方法が確立されていたが、宇宙複屈折のような標準宇宙論を超える枠組みでは、回転角が一定で定数となる特殊な場合を除き、GL補正の方法が確立されていなかった。将来のCMB実験におけるデータ解析ではGLが重要な役割を果たすため、宇宙複屈折の解析においてもGL補正が必要となる。そこで研究チームは今回、GL効果を取り入れた宇宙複屈折の理論計算を確立させ、GL効果を含んだ宇宙複屈折の数値計算コードの開発に取り組むことにしたという。
まず、宇宙複屈折のシグナルがGL効果によって、どのように変化するかを表す解析的な計算式が求められた。得られた式に基づき、GL補正を行うプログラムを東大 宇宙線研究所の中塚洋佑氏(研究当時)らが2022年に開発した計算コードに追加し、宇宙複屈折に対するGL補正計算を実現した。
開発された計算コードを用いて、GL補正の有無によるシグナルの違いが調べられた。その結果、チリ・アタカマ砂漠にて建設中の米国主導の「サイモンズ天文台」など、次世代の精密観測を想定した場合、仮にGLを無視すると観測される宇宙複屈折のシグナルは理論予言でうまくフィッティングできず、そのような理論は統計的に排除される。つまり、将来観測される宇宙複屈折効果のシグナルは、GL効果を入れないとうまく説明できないことがわかったのである。
さらに、将来の観測で得られる観測データが模擬的に生成され、それを用いて宇宙複屈折を用いたアクシオンの探索におけるGL効果がもたらす影響が調べられた。その結果、仮にGL効果を考慮しないと、観測データから推定されるアクシオンのモデル・パラメータには統計的に有意な系統誤差が生じることも明らかにされた。つまりGL補正無しでは、誤ったアクシオンモデルを得ることになってしまうとする。
以上により、将来の高精度な宇宙複屈折の観測とその分析において、今回開発されたGL補正ツールは必要不可欠であることが確認されたとした。
今回のGL補正ツールはすでに活用されており、たとえば2023年には、プランク宇宙望遠鏡の観測データを用いて探索が行われた結果、初期ダークエネルギーが宇宙複屈折を引き起こす証拠は発見されなかったことが報告されている。今後リリースされる既存の望遠鏡による最新新しいデータや、さらにその先の次世代望遠鏡による精密観測データでの宇宙複屈折の解析で、今回のGL補正ツールが活用される予定とした。