京都大学(京大)は12月20日、精神疾患の一種である「不安障害」に関わる遺伝子と、その遺伝子の発現する脳回路との関連性を明らかにするため、統計学的解析手法を用いて不安関連遺伝子を発現する脳領域をマッピングすることに成功し、不安障害に関わる2つの遺伝子群を発見したことを発表した。
同成果は、京大 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)のKalyani Karunakaran大学院生(研究当時)、雨森賢一主任研究者らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の精神医学に関する全般を扱う学術誌「Translational Psychiatry」に掲載された。
不安障害には、全般性不安障害、社会不安障害、強迫性障害やパニック障害などのいくつかのサブタイプが存在し、また遺伝的な要因が原因の1つと考えられている。これまで、遺伝子解析やゲノムワイド関連解析(GWAS)により、不安障害や不安になりやすい性質である特性不安を持つ人々において、高頻度で認められる遺伝子変異が明らかになり、これらの変異がどの遺伝子上で起こるのかが特定されつつある。なおGWASとは、個人ごとに異なるすべてのゲノム領域にわたる遺伝子を対象に、ある形質に関連する変異(今回なら不安関連)があるかどうかを調べる研究のことだ。
また同時に、神経科学の発展に伴って、PETスキャンなどの画像解析技術や生理学的な機能解析技術が発達し、マカクザルなどの霊長類においても、特定の神経回路の活動がマカクザルを不安な状態にし、不安障害に似た症状を引き起こすことが確認されている。しかし、これらの遺伝子が脳のどこに発現しているかに関する総括的な研究はまだ行われておらず、不安障害の遺伝的な要因と神経回路との関連については不明なままだったという。
そこで研究チームは今回、不安障害に関連する遺伝子が発現しているかどうかについて、脳に関するデータベース「Allen Brain Atlas」に収められた、200以上のヒトの脳領域からサンプルされた「マイクロアレイデータ」を用いて統計学的解析を行い、不安関連の遺伝子がよく発現する脳領野を特定することを目指したとする。
その解析の結果、不安関連の遺伝子は、大脳基底核、中脳、海馬、辺縁系などで高い発現を示すことが見出されたとのこと。さらにこれらの領域を「階層的クラスタリング」によって解析したところ、脳の中で特徴的な発現を示す2つの不安関連遺伝子群が認められたといい、そのうち1つの遺伝子群は海馬・辺縁系で強く発現し、もう1つの群は中脳と大脳基底核で高発現していたとする。この統計解析によって同定された脳領域は、これまでの画像解析技術や生理学的研究によって不安行動に関与していることが示唆されている領域と一致。つまり、不安関連遺伝子の空間マッピングに成功したのである。
続いて研究チームは、脳の発生期における「トランスクリプトームデータ解析」を実施した。そして、不安関連遺伝子の発現パターンを脳の発達過程で追跡し、2つの不安関連遺伝子群が、成人期の特定の発達段階で異なる発現パターンを持っていることが見出されたとする。なおトランスクリプトームデータ解析とは、対象生物のゲノム情報を基に、各遺伝子のRNA発現量を解析することで、ある環境や細胞において、どの遺伝子やどの代謝系が活性化しているかを明らかにする解析のことである。
2つの不安関連遺伝子群のうちの1つは、乳幼児期後と成人期に高発現し、もう1つの遺伝子群は、妊娠後期と幼少期に高発現していることがわかった。また、これらの遺伝子群に関してシグナル経路探索を行ったところ、1つの遺伝子群が、海馬のグルタミン酸作動性受容体のシグナリングへ関与していることが示され、もう1つの遺伝子群は、セロトニン細胞のシグナリングへの関与があることが示唆されたとのことだ。
以上のことから、不安関連遺伝子の変異はその正常な発現のタイミングを妨げ、シグナリング経路と神経回路の発達に影響を与え、それにより不安障害に関連する症状を引き起こす可能性があることが示唆された。研究チームは、今回の研究で同定された遺伝子群についてさらなる分析を進めることによって、不安障害の根本的な原因に新たな洞察をもたらすことが期待されているとしている。