理化学研究所(理研)と近畿大学(近大)の両者は12月15日、女性で非喫煙者の食道がんの全ゲノムおよび単細胞RNA解析を行い、免疫細胞の一種である「好酸球」が食道がんの発症と関連していることを発見したと共同で発表した。

  • 女性非喫煙者の食道がんの特徴

    女性非喫煙者の食道がんの特徴(出所:理研Webサイト)

同成果は、理研 生命医科学研究センター がんゲノム研究チームの大川裕紀研修生(研究当時)、同・笹川翔太研究員、同・中川英刀チームリーダー、近大 医学部 外科学教室 上部消化管部門の安田卓司主任教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、がん・主要に関する全般を扱う学術誌「Cancer Letters」に掲載された。

食道がんは、日本で年間に約2万6000人が発症し、約1万1000人が死亡、5年相対生存率が30~40%という難治性の疾患だ。病理学的には扁平上皮がん(SCC)と腺がんに分類され、日本を含むアジアでは大半がSCCであるといい、その発生の最大リスク要因は喫煙や飲酒だ。食道SCCの発症は6:1で男性が多く、女性かつ非喫煙の割合は5~10%とわずかだった。しかし最近、非喫煙・非飲酒の女性SCC患者数が増加傾向にあるという。

日本の食道SCCの標準治療では、化学療法の後に切除手術が行われる。しかし最近、食道がんにおける腫瘍免疫の重要性や免疫チェックポイント阻害剤の効果も報告されており、今後は免疫療法が主たる治療法になる可能性があるとする。

免疫反応や免疫関連疾患の発症に関しては、以前より性ホルモンの影響やX染色体が関連して男女差があり、多くの自己免疫疾患の発症に関しては女性が多いことが確認されていた。また、食道がんを含むいくつかのがん腫の発症でも大きな男女差があり、それらの予後や治療反応性も異なることが多いことがわかっていたとのことだ。

さらに研究チームがこれまでに行った食道がんのゲノム解析や免疫解析でも、好中球やT細胞の重要性が報告されており、腫瘍免疫の役割が注目されていた。そこで今回の研究では、リスク要因が不明でまれな女性非喫煙者の食道SCCのゲノム解析・免疫解析を実施し、その分子学的・免疫学的特徴を解明することを目的としたという。

今回の研究では、主に近大病院にて治療を受けた20例の女性非喫煙者の食道扁平上皮がん(NSF-EC)腫瘍組織のDNA/RNAについて、全ゲノムおよびRNAのシークエンス解析を行い、一般的な男性喫煙者の食道扁平上皮がん(S-EC)の症例データ(74例)と比較された。その臨床的背景について、NSF-ECは、S-ECと比べて発症年齢が高く(NSF-ECは平均年齢71歳、S-ECは63歳)、飲酒習慣は少なく(NSF-ECの飲酒習慣率は18%、S-ECは95%)、がんのステージに差はないものの、予後良好の傾向だったとしている。

  • 女性非喫煙者の食道がん(NSF-EC)の特徴

    女性非喫煙者の食道がん(NSF-EC)の特徴。(A)術後の無再発生存率を見ると、女性非喫煙者の食道がんは予後良好であることがわかる。(B)女性非喫煙者食道がんの全ゲノム解析の結果、変異シグニチャーと考えられるDBS9が多く見つかった。2塩基置換のDBS9はGC>NN(GCの置換)やTC>NNが多い特徴がある(出所:理研Webサイト)

そして全ゲノム解析の結果、原因変異遺伝子について、以下の主に5つの遺伝子などで変異およびコピー数異常が観察された一方、男女差はなかったという。

変異が見られた主な遺伝子

  • TP53(79.5%)
  • TCDKN2A(51.3%)
  • TFGF3(41%)
  • TCCND1(35.9%)
  • TNFE2L2(15.4%)

しかし、ゲノム全体での変異パターン・シグニチャーについては、「DBS9」が女性非喫煙者に特異的に検出された。DBS9の意義はまだ不明だが、加齢と関連するほかの変異シグニチャーと相関することから同様と見られ、女性非喫煙者の食道がんの発生には加齢が強く関与していることが推測されたとする。

次に、腫瘍組織のRNA発現データから、腫瘍内の免疫細胞の活動性が調べられた。すると、NSF-ECの組織内には、特に好酸球が多く観察された。この現象は病理解析でも確認され、NSF-ECは好酸球細胞の浸潤が多く認められたとのこと。そのためNSF-ECまたは好酸球を多く含む食道SCCの予後は、一般的な男性喫煙者の食道SCCに比べて良好であり、好酸球などの免疫細胞の作用が関係していると考察された。

  • 食道SCC内の免疫細胞の活動性

    食道SCC内の免疫細胞の活動性。(A)RNA発現データからの免疫活動性スコア。女性非喫煙者の腫瘍内の免疫活動が男性喫煙者と比べ高いことがわかる。(B・左)病理標本で好酸球(青の矢印)が検出された。(B・右)男性喫煙者と比べ、女性非喫煙者の食道がんには多くの好酸球が同定された。(C)好酸球が多い食道がん患者は術後の予後が良好である(出所:理研Webサイト)

最後に、4例の食道SCC組織(女性1例、男性3例)より免疫細胞を抽出して、約3万1000個の免疫細胞の単細胞RNA解析を行い、腫瘍内の好酸球細胞の発現プロファイルが作成された。女性の1例では126個、男性の3例では464個の好酸球細胞の遺伝子発現データが取得され、男女間で好酸球の活動性を比較検討した結果、女性の好酸球は免疫的に活性化しており、性ホルモン経路の反応性が低く、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ経路が活性化し、男女で腫瘍内好酸球の働きや活動性が異なることが示されていたとする。

  • 食道がん組織内の免疫細胞の単細胞RNA解析

    食道がん組織内の免疫細胞の単細胞RNA解析。(A)食道がん組織内の好酸球を同定した(女性126個=赤い点、男性464個=青い点)。(B)女性食道がんにおいては、性ホルモンの反応性が低いが、PI3Kが活性化している(出所:理研Webサイト)

今回の成果により、女性食道がんは免疫学的に活動性が高いことがわかり、予後を規定している可能性が示唆された。このことから研究チームは、PD-1阻害薬などの免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できるとするとともに、腫瘍内で好酸球という特定の免疫細胞の活性化が確認されたため、好酸球を標的とした新たな免疫療法の開発につながることも期待できるとしている。