東京工業大学(東工大)は12月7日、マイクロスケールの流路を用いて微量な液体を精密に操作するデバイス(マイクロ流体デバイス)の一種で、大量に整列した数十μm角のポストによる液滴の分裂を利用して均一な液滴を生成する「ポストアレイデバイス」の中での液滴分裂の物理的な特性を明らかにしたと発表した。

  • ポストアレイデバイスによる液滴生成イメージ

    ポストアレイデバイスによる液滴生成イメージ。今回の研究成果が掲載された学術誌「Lab on a Chip」の表紙に採用された(出所:東工大プレスリリースPDF)

同成果は、東工大 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の増井周造特別研究員、同・菅野佑介助教、同・西迫貴志准教授らの研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行するマイクロ/ナノスケールのデバイスとアプリケーションに関する全般を扱う学術誌「Lab on a Chip」に掲載された。

近年、マイクロ流体デバイスは、バイオテクノロジーや化学の分野における有用なツールとして期待されているとする。中でも、マイクロ流体デバイスによって生成される均一な液滴は、分析化学、医薬品開発、材料科学など、幅広い分野で利用されている。ただし、一般的なマイクロ流路は幅が数百μm以下であり、液滴の生産量が制限されるため、液滴生産量の向上が重要な研究課題となっているという。

そこで研究チームは今回そうした課題を解決するため、ポストアレイデバイスに着目したとのこと。その理由は、ポストアレイデバイスは比較的均一な液滴(準単分散)の大量生成が可能であるものの、液滴生成のメカニズムや、液滴サイズを予測する方程式に関する研究はこれまでほとんど行われていなかったことにあるという。

  • ポストアレイデバイスの画像と模式図

    ポストアレイデバイスの画像と模式図(出所:東工大プレスリリースPDF)

同研究ではまず、ソフトリソグラフィーと呼ばれる手法を用いて、シリコンの一種であるポリジメチルシロキサン(PDMS)製で、シースフロー配置にしたポストアレイデバイスが製作された。このシースフロー方式は、あらかじめ分散相と連続相を乳化してから送液するプレミックス方式に比べて精密な流量制御が可能なことから、液滴生成のメカニズムを解明するには重要だとされる方式だ。

そして同デバイス内で、さまざまな流量条件やポスト形状での液滴分裂を解析したところ、流速(せん断力)の違いにより、立体障害モードとせん断モードの2つの異なる分裂モードが存在することが明らかにされた。研究チームは、これらのモードがT字流路での液滴分裂についての従来の研究報告と一致する点は、興味深い結果だとする。

  • (a)低流量で見られる立体障害モードでの液滴分裂。(c)高流量で見られるせん断モードでの液滴分裂

    (a)低流量で見られる立体障害モードでの液滴分裂。(c)高流量で見られるせん断モードでの液滴分裂(出所:東工大プレスリリースPDF)

またこの解析では、分散相の体積分率が増加すると、エマルションとしての粘度が上昇し、デバイス内でのせん断力を増加させるため、結果的に液滴直径が最大34%減少するという結果が得られたという。そこで、エマルションの粘度を考慮した有効キャピラリー数を導入したところ、2つの分裂モードがそれぞれ異なる液滴直径のトレンドを示すことが確認されたとのことだ。

低せん断力条件下(立体障害モード)では、流路の立体障害が液滴分裂の駆動力となり、液滴直径は一定となった一方、高せん断力条件下(せん断モード)では、液滴直径が有効キャピラリー数のべき乗にしたがって減少したといい、この結果から、生成される液滴直径の予測が可能になったとしている。

  • 有効キャピラリー数の大きさで区別される2つの液滴分裂モード

    有効キャピラリー数の大きさで区別される2つの液滴分裂モード(出所:東工大プレスリリースPDF)

今回の研究で得られたポストアレイデバイスにおける液滴分裂についての新たな知見は、マイクロ流体デバイスを用いた液滴生産量の向上に寄与することが期待されるという。今回のデバイスでは、従来のデバイスの並列化という戦略よりも簡便に、生産量向上やデバイスのスケールアップを可能とする。また、工業的に利用されている膜乳化法との類似点もあることから、ポストアレイデバイスを用いた基礎研究の成果を、工業的な乳化方法の改善や応用への架け橋として期待できる成果といえるとのことだ。

また、今回の研究結果に基づく均一なエマルション液滴の高スループット生成技術は、医薬品開発分野において、効率的なドラッグスクリーニングや精密なドラッグデリバリーシステムの設計に活用可能とする。また診断技術、特にデジタル液滴PCR(ddPCR)の分野では、精度の高い分析の迅速化が可能となり、早期診断や個別化医療の推進に貢献するとした。この技術は他にも、化学反応のプロセス制御など、多岐にわたる分野への応用が期待されるといい、研究チームは今回の成果について、科学技術の進歩にとどまらず、健康、環境、産業などの社会的応用においても重要な役割を果たす可能性があるとしている。