九州大学(九大)と電気通信大学(電通大)は11月22日、「エネルギー保存則」や「運動量保存則」のような保存則の下で、保存する物理量と同時測定不能な物理量の厳密な測定は実装不能であることを主張する「Wigner-Araki-Yanase(WAY)定理」が、運動量やエネルギーを含む一般の非有界な保存量に対しても成り立つことを、「Yanase条件」と呼ばれる仮定のもとで数学的に厳密に証明したことを発表した。

同成果は、九大大学院 理学研究院物理学部門の倉持結助教、電通大大学院 情報理工学研究科の田島裕康助教の共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

量子力学が扱う原子などのミクロなスケールは、ヒトの直感に反するような奇妙な振る舞いの物理法則に支配されていることが知られている。その代表例の1つが、ハイゼンベルグの「不確定性原理」であり、“原子などの量子力学的粒子の位置と運動量を同時にかつ正確には測定できない”というものとして知られている。

このような量子性に基づいたプロトコルを現実世界に実装するにあたり、物理法則が量子測定や量子操作の実装にどのような制限を与えるのかという問題が重要になることから、これまでにもさまざまな観点から多くの理論的研究成果が報告されてきた。その代表ともいえるのがWAY定理であり、量子系が(エネルギーなどの)保存量を有する時には、反復不能性またはYanase条件のもとで、その保存量と量子力学的演算子として非可換な物理量の誤差のない測定を実現することは不可能とする内容とされている。

WAY定理は、保存則の重要性から、さまざまな一般化や拡張が試みられて来たが、それらの大半は通常、量子系が有限次元であること、あるいは無限次元量子系を取り扱う場合でも保存量の有界性を仮定するものであったという。この場合における保存量などの物理量が「有界である」とは、物理量の取り得る値の範囲が有限であることをいい、そうでない物理量は「非有界である」と表現され、非有界な物理量は無限次元量子系特有のもので、たとえば粒子の位置、運動量、エネルギーといったものが非有界な物理量の典型例とされている。

仮にWAY定理をこうした非有界な物理量に対して拡張できれば、ハイゼンベルグの不確定性原理による事実の他に、「運動量が保存する場合の位置単体の厳密な測定が不可能である」という制限を受けることが示されることとなる。このように非有界な物理量を含む形にWAY定理を拡張することは重要な物理的意味を持つが、非有界な物理量の取り扱いは有界な物理量にはない数学的な難しさがあり、WAY定理が1960年に成立して以来、重要な未解決問題となっていたという。そこで研究チームは今回、非有界な保存量に対してもWAY定理Yanase条件の下で有界な保存量の場合とまったく同様に成り立つかどうかを考察することにしたという。

  • 量子力学的粒子の位置の測定の概念図

    量子力学的粒子の位置の測定の概念図。たとえば、このように光を当てて粒子の位置を測定する場合には、粒子とプローブ光と検出器との間に運動量保存則が成立する。WAY定理によると、この時の粒子の位置の誤差のない測定は不可能であるという結論が導かれる (出所:九大プレスリリースPDF)

考察の結果、まったく同様に成り立つことが示されたという。この結果は、上述したような運動量が保存する位置測定に適用できる他、「連続量量子鍵配送」などで重要となる、「直行位相振幅」の誤差のない測定が線形光学素子のみで実現できないことを予言するとしているほか、この量子測定のWAY定理とともに、ユニタリ操作(ユニタリ演算子で表されるような量子操作のクラスであり、主に閉じた量子系の状態変化を記述する)に対するWAY型の定理が成立することも、同様の証明手法を用いることで示すことができたとしている。

  • 線形光学素子のみによる測定の概念図

    線形光学素子のみによる測定の概念図。ビームスプリッターや位相シフターなどの光学素子はエネルギー(光子数)保存則を満たし、またプローブ系への光子数計数測定の後処理で得られる測定はYanase条件を満たす。直行位相振幅の演算子はエネルギーと非可換なので、これより今回証明されたWAY定理を適用すると、直行位相振幅の誤差のない測定が不可能であることが導かれるという (出所:九大プレスリリースPDF)

研究チームでは、今回の研究により、非有界物理量の数学的難しさを、対応する有界なユニタリ演算子である「1パラメーターユニタリ群」を代わりに考えることで回避し、このユニタリ演算子に通常の量子情報理論で用いられるテクニックを適用することで、証明をすることが可能となったと説明しているほか、今回の研究成果は純粋に理論的なものであり、実用化や検証などを直接することができる性質のものではないが、適用範囲の一般性と普遍性により、今後の量子デバイスの実装において新たな知見をもたらすことが期待されるともしている。

なお、今後の研究の方向としては、(1)今回の研究成果は量子測定やユニタリ操作の厳密に誤差のない実装に対するものであるため、これをより一般の量子測定・操作の実装に対する制限に一般化すること、(2)今回のWAY定理の非有界な物理量への拡張は、Yanase条件を仮定するものについての拡張だが、WAY定理には反復可能条件を仮定するものもあるため、Yanase条件を反復可能条件に置き換えた場合に同様の定理が成立するかどうかを理論的に検証すること、などが挙げられるとしている。