東京工業大学(東工大)とENEOSの両者は11月21日、従来の吸着機構とはまったく異なる「Magic door」機構により、二酸化炭素(CO2)を選択的に捕捉でき、なおかつ低エネルギーで脱着も可能な「金属有機構造体」(MOF)を開発したことを共同で発表した。

  • Magic door機構の概念図

    Magic door機構の概念図(出所:東工大プレスリリースPDF)

同成果は、東工大 理学院 化学系の河野正規教授、同・松本隆也特任教授(ENEOS 首席研究員)、同・ユーソフ・パベル特任助教、同・嶋田光将大学院生(研究当時)、ENEOS 中央技術研究所の共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Advanced Science」に掲載された。

既存のCO2分離回収技術である化学吸収法および化学吸着による固体吸着法は、吸収・吸着剤の塩基性とCO2の酸性による強い相互作用を利用するため、CO2選択性が高い反面CO2の脱離において非常に大きなエネルギーを必要とすることが課題となっている。それに対し、まだ開発途上の物理吸着(非常に弱い相互作用のファンデルワールス力に基づいた吸着)を用いた固体吸着法では、弱いCO2吸着力を利用するため小さなエネルギーで容易に脱着可能だが、CO2選択性が低いという課題があった。そのため、CO2選択的で、なおかつ容易に脱着可能な技術が求められている。

MOFは、金属イオンと有機多座配位子が相互に繰り返して結合したネットワーク構造を持つ材料で、その構成要素を変えることで構造・物性を容易に変化させることができ、非常に設計性に富む材料であることから、分離技術の分野において注目されている。これまで東工大とENEOSでは、カーボンニュートラル実現のためのMOFを用いた共同研究を実施しており、CO2選択的かつ脱着が容易な材料の開発を目指していたという。

今回の研究では、CO2選択性と小さなエネルギーでの脱着という、これまではトレードオフにあった機能を実現すべく、新たなコンセプトでのMOF設計に着手。具体的には、MOFのフレームワークが相互貫入していることで生じる孤立した空間を持つ構造を構築したとする。これらの孤立空間同士は通常は接点を持たないが、CO2が通過する瞬間のみ構造の微細変化によって一時的な通路が現れ、CO2が通り過ぎると通路が再び消失することで、孤立空間にCO2が閉じ込められるというもので、MOFの柔軟なフレームワーク構造に由来するという。孤立空間に閉じ込められたCO2は、孔内壁との強い相互作用が無いにもかかわらず、室温・大気圧下で1週間以上CO2の保持が確認できたとのこと。そしてこの仕組みは研究チームにより、Magic door機構と命名された。

  • Magic door機構におけるCO2通過の瞬間(Matlantisによるシミュレーションアニメ)

    Magic door機構におけるCO2通過の瞬間(Matlantisによるシミュレーションアニメ)(出所:東工大プレスリリースPDF)

  • MOFの3次元構造

    MOFの3次元構造。(a)2つのフレームワーク(赤、青)が相互貫入したMOF構造。(b)MOF構造中の孤立空間(濃い黄色部分)(出所:東工大プレスリリースPDF)

また、分子が移動する際のフレームワーク構造の微細変化(一時的な通路の形成)には、活性化エネルギー(エネルギー障壁)が存在しており、分子のわずかな大きさの違いによってエネルギー障壁は大きく変化するため、これにより選択性が得られるという。なお、CO2吸着前後の構造は単結晶X線構造解析により決定され、CO2吸着前後で構造が変化していないこと(体積変化率0.05%)が確認できているとのこと。MOFの体積変化が無いという点は、実用化する上で耐久性の観点から非常に重要なポイントとする。

  • 単結晶X線構造解析によるCO2吸着前後の構造

    単結晶X線構造解析によるCO2吸着前後の構造(出所:東工大プレスリリースPDF)

研究チームは、今回開発したMagic door機構と、化学吸着・物理吸着による吸着のエネルギーダイアグラムの比較を行った。すると、同機構による吸着では、活性化エネルギー(状態変化後にキャンセルされるエネルギー)の差により選択性を得ることで、高いCO2選択性と、物理吸着レベルの小さなエネルギーでの脱着の両立を実現できたことが明らかになったという。

  • エネルギーダイアグラムイメージにおける化学吸着、物理吸着およびMagic door機構による吸着の比較

    エネルギーダイアグラムイメージにおける化学吸着、物理吸着およびMagic door機構による吸着の比較(出所:東工大プレスリリースPDF)

今回の研究により開発されたMagic door機構は、CO2分離回収技術において、従来の2種類とは異なる新たな方式となる。研究チームは今後、CO2選択的で低エネルギーでの脱着を可能とする新材料の社会実装に向け、研究開発を継続していくとしており、また今後もMOFを利用した技術開発を通じて、カーボンニュートラル・循環型社会の実現や革新的素材の創出に貢献していくとしている。