東京大学(東大)は11月10日、強磁場下のグラファイトが、金属が絶縁体となり得る「強磁場極限」に近づくにつれ、磁場変化に応じて比熱が二重ピーク構造を連続的に有することを発見したと発表した。
同成果は、東大 物性研究所(ISSP)の楊卓特任研究員、同・小濱芳允准教授、フランス原子力庁のクリストフ・マーセナー教授らを中心とした国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
1954年、リフシッツとコセヴィッチらによって、磁場下で観測される電気抵抗や磁化率の振動現象を記述した「LK理論」が提案された。低い磁場領域の磁化や電気抵抗は、この理論と非常に良く一致することが知られており、多くの物質がLK理論の枠組みで評価されていた。また比熱についても低い磁場領域ではLK理論で説明されていたが、強磁場極限での振る舞いは、実験的には確かめられてはいなかったという。
そこで研究チームは今回、極めて高純度な天然グラファイトに強い磁場を印加し、連続的でかつ鋭いピークを持つ特殊な「フェルミ状態密度」を誘起し、その状態で極低温条件を保つことで、高精度な交流比熱手法で比熱の磁場変化を測定したとする。なおフェルミ状態密度とは、単位エネルギーあたりに存在する、フェルミ粒子(電子や陽子など、物質を構成する、半整数のスピン角運動量を持つ粒子)が取り得る状態の数のことをいう。
そして測定の結果、磁場変化に応じて特徴的な比熱の二重ピーク構造が観測されたとのこと。この二重ピーク構造は既存理論からは導き出せない未知の現象だったとする。そして得られたデータを解析した結果、この特殊な二重ピーク構造は、「フェルミ状態密度におけるピーク構造の幅が0.1ミリ電子ボルト以下程度」と極めて困難な条件でのみ観測できることが判明。この実験条件を達成した今回の研究でのみ観測し得る新規現象であることが確認されたとしている。
また、絶対温度0.09K(-273.06℃)までの比熱測定により、二重ピークの分裂幅が低温では一重ピークに変化することも発見され、熱エネルギーが低下する低温での現象であることが報告された。今回の測定と同様の条件でも、比熱と同様に、物質の「乱雑さ」を表す量であるエントロピーに敏感な磁気熱量効果や電気抵抗は、理論的に比熱と異なり二重ピーク構造にならない。今回の研究では、電気抵抗および磁気熱量効果も測定され、この二重ピーク構造は、比熱の磁場変化にのみ生じる珍しい現象であることも実証されたとのことだ。
今回の研究成果では、強磁場極限での比熱の磁場変化において、二重ピーク構造が連続的に現れることが示された。1つと思われていたことが2つあることは日常生活でも希に経験するが、今回の研究では実験精度を上げることで、比熱の二重ピークが世界で初めて観測されたのである。それに加えて今回の研究では、このピーク構造を解析することで、理論的に期待される直線との対応から電子の性質を調べられることも明らかになったとする。
研究チームによると、今回の研究で提案された比熱の二重ピーク構造を基にした新たな解析手法は、これまでの電子構造の調査に使われていた磁化や電気抵抗をLK理論の枠組みで解析する手法と比較して、情報の密度という点で優位性を持つとのこと。そして今後、今回の研究手法を基にしてさまざまな機能性材料が加速的に理解され、電子デバイスなどで応用される物質開発に貢献することが期待されるとしている。