慶應義塾大学(慶大)と米・ライス大学の両者は10月27日、1次元ナノ材料であるカーボンナノチューブ(CNT)が高密度・高配向に積層したCNT配向膜を用いて、高速に変調(オン・オフ)できる偏光熱光源の開発に成功したことを共同で発表した。

同成果は、慶大 理工学部 物理情報工学科の牧英之教授、慶大大学院 理工学研究科の俣野眞一朗大学院生、ライス大 電気・コンピューター学科の河野淳一郎教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンスとナノテクノロジーの全般を扱う学術誌「Nano Letters」に掲載された。

偏光を用いた分光分析では、偏光を測定試料へ照射し、その応答を測定することで物質構造の同定などを行うため、広い波長帯域を持つ偏光光源が必要とされる。加えて、高感度な分析を行うためには、光のオン・オフを高速に切り替えられる(高速変調できる)偏光光源も重要だ。

レーザ光源は、高速変調も可能なことから一般的な偏光光源として広く普及しているが、単一波長でスペクトルが狭線幅であり、広波長範囲の分析では利用できない。そのため広波長範囲での分析では、白熱電球などの熱光源と偏光板を組み合わせた上で、光学チョッパーなどの光変調機器を用いることで、変調可能な偏光光源が用意されている。しかし、変調速度が数kHzほどと低速であることに加えて、マクロな光学素子や機器を複数組み合わせる必要があるため、光源系を小型化・集積化できないといった課題を抱えていた。

そこで研究チームは今回、新たなナノマテリアルであるCNT配向膜に着目し、広波長帯域で偏光発光する高速変調が可能なマイクロ偏光熱光源を開発したという。

単素原子1層から数層の厚みで2次元物質の代表格であるグラフェンを円筒状に丸めることで、直径1nmオーダーの1次元物質としたのがCNTだ。CNT配向膜とは、そのCNTが同一方向に配列・積層して単結晶のようになった膜のことをいう。同膜は、1cm2あたり10兆本という極めて多くのCNTが最密充填されており、全体的にはバルク材料であるが、CNTの配列に起因して、電気伝導率や熱伝導率が極めて高い異方性を有するのが特徴である。

今回の研究では、そのCNT配向膜を用いて、1μm四方の発光面を持つ電気駆動の熱発光デバイスが作製された。同素子の高速変調特性を調べるため、作製されたデバイスに対し、高速の矩形電圧印加下での時間分解発光測定を行った結果、CNT配向膜の偏光熱光源は、20MHz程度の高速変調性能を持つことが確かめられた。

  • (上)今回開発された、CNT配向膜を用いた高速偏光熱光源の概要図。(左下)CNT配向膜光源の赤外カメラ像による発光の様子。(右下)高速変調性を示す時間分解発光強度の測定結果。0.5マイクロ秒ごとに発光をオン/オフが行われている

    (上)今回開発された、CNT配向膜を用いた高速偏光熱光源の概要図。(左下)CNT配向膜光源の赤外カメラ像による発光の様子。(右下)高速変調性を示す時間分解発光強度の測定結果。0.5マイクロ秒ごとに発光をオン/オフが行われている(出所:慶大プレスリリースPDF)

さらに、シミュレーションによる解析を行うことで高速変調性のメカニズムの解明を試みたところ、CNT配向膜の配向方向における高い熱伝導特性によることが解明されたとする。

研究チームによると、CNT配向膜を用いて開発された今回の光源は、広波長域の偏光した高速赤外光をたった1つのチップ上のマイクロ光源で発生させる技術であり、熱光源・偏光板・光チョッパーといった複数のマクロな光学素子・機器を組み合わせていた従来技術をワンチップで高集積化する技術に相当するという。そのため、新たな偏光赤外技術を開拓する新技術となり、分析やセンシング技術への応用が可能なことから、材料開発、バイオ分析、創薬などへの幅広い分野での応用展開が期待されるとしている。