東北大学と科学技術振興機構の両者は10月25日、分子線エピタキシー法を用いて遷移金属ダイカルコゲナイド「2テルル化モリブデン」(MoTe2)の二次元物質(原子層)をグラフェン上に作製し、電子構造(電子状態)をマイクロ角度分解光電子分光と走査トンネル顕微鏡を用いて調べた結果、グラフェンと30度回転して成長するMoTe2の積層によって生じる「モアレ模様」を活用することで、通常は安定して存在しないはずの「正八面体型(1T)構造」を持つMoTe2原子層を作製することに初めて成功したと共同で発表した。

同成果は、東北大大学院 理学研究科の菅原克明准教授、同・大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の佐藤宇史教授、同・岡博文助教、同・大学大学院 理学研究科の福村知昭教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、物理・化学・医学・生命科学・工学などの基礎から応用までを扱う学際的なオープンアクセスジャーナル「Advanced Science」に掲載された。

同じ模様の透明なシートを2枚重ねる際、片方の角度を少し傾けたり、片方の模様の大きさを変化させるとモアレ模様が現れる。このモアレ模様はナノの世界でも見られ、たとえば二次元物質の代表格であるグラフェンのシートを2枚用いれば、同じようにモアレ模様が現れる。片方のシートの傾けた方(ひねり角θ)を変えることで、モアレ模様の大きさ(周期)を変えることが可能だ。このモアレ模様の周期の変化は結晶中の電子に影響を与えるため、元々ゼロギャップ半導体であるグラフェンの場合、超伝導体になったり強磁性になったりと物性が著しく変化することが知られている。

  • モアレ模様

    2枚のグラフェンをひねり角θ=5度(a)、θ=10度(b)、θ=20度(c)で重ねた際のモアレ模様(出所:東北大プレスリリースPDF)

このように、二次元物質(原子層)同士の重なりで生じたモアレ模様を自在に制御することで、母材料には無い性質を生み出すことが可能だ。そのため、グラフェン以外にもさまざまな二次元物質のシートのひねり角を変えて、新たな物性を発見しようと世界中で研究が活発に行われているという。なお、このようなモアレ模様を活用した研究は、原子層同士のひねり角をどのように変えて新たなモアレ模様を作っても、原子層それ自体の結晶構造は一切変化しないということが前提となっている。

そこで研究チームは今回、グラフェンと並ぶ二次元物質の代表格である遷移金属ダイカルコゲナイドのうち、モリブデン(Mo)とテルル(Te)の層が積み重なった層状物質であるMoTe2をターゲットとして、同物質同士ではなくグラフェンとMoTe2原子層の重なりによって生じるモアレ模様に着目することにしたという。

これまでMoTe2のバルク(3次元)結晶は、「三角プリズム型構造」と、1T構造を1次元方向に歪ませた「1T'構造」の2種類のみが安定して存在することが知られていた。今回、分子線エピタキシー法を用いてMoTe2原子層がグラフェン上に作製された。すると、バルクでは安定して存在できないはずの正八面体型1T構造を持つ原子層MoTe2が作製できていることを電子状態観測から明らかにされた。

  • MoTe2の結晶構造。三角プリズム型構造

    MoTe2の結晶構造。三角プリズム型構造(a)、正八面体型構造(1T)(b)、1T構造を歪ませた1T'構造(c)に対応。赤線が単位格子に対応(出所:東北大プレスリリースPDF)

そして、通常の場合(ひねり角θ=0度)と異なり、MoTe2がグラフェン上においてθ=30度で成長していることが判明。θ=0度ではグラフェンとMoTe2の積層においてモアレ模様は現れないが、θ=30度ではモアレ模様が現れる条件になっていることもわかったという。

  • マイクロ角度分解光電子分光の概念図

    (a)マイクロ角度分解光電子分光の概念図。高輝度紫外線を物質表面に照射して、放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子構造を決定可能。さらに。光のスポットサイズをマイクロメートル単位まで小さくすることで、原子層などにおける局所電子構造を決定できる。(b)走査トンネル顕微鏡の概念図。探針と試料間に発生する微弱なトンネル電流を測定することで、表面形状や局所電子状態を観察可能だ(出所:東北大プレスリリースPDF)

マイクロ角度分解光電子分光と走査トンネル顕微鏡を用いて、1T構造を持つ原子層の試料位置を、実空間においてピンポイントで指定した上で測定が行われた。すると、MoTe2において結晶中を動き回る電子がモアレ模様の周期性によって劇的な変調を受け、その変調によるエネルギー利得そのものが、元来不安定な1T構造を安定化させる直接原因となっていることが突き止められたとした。

  • グラフェンとMoTe2を重ねることで現れるモアレ模様

    (a・b)グラフェンとMoTe2を重ねることで現れるモアレ模様。ひねり角θ=0度なら(a)は現れないが、θ=30度なら(b)実験(d)で観測された周期性(緑線)と同じモアレ模様が現れる。(c)MoTe2における光電子強度の運動量分布(フェルミ面)。黒の六角形は1T-MoTe2のブリルアンゾーンで、水色の六角形がモアレ模様によって変化した1T-MoTe2のブリルアンゾーン。(d)MoTe2の走査トンネル顕微鏡像。菱形状の赤枠はMoTe2の単位胞、緑枠はモアレ模様による超周期構造の単位胞に対応する(出所:東北大プレスリリースPDF)

今回の結果は、上述した「原子層同士をどのようにひねってモアレ模様を作っても原子層それ自体が持つ結晶構造は一切変化しない」というこれまでの常識を覆し、「モアレ模様によって新しい結晶を創製する」という、従来とは大きく異なる研究の方向性を示すものだという。

このようなモアレ模様の新しい活用法は、今回のグラフェンとMoTe2の積層の例に留まらず、さまざまな原子層同士の組み合わせにも広く適用できるため、ひねり原子層における材料開発や機能性の開拓が、今後、さらに加速することが期待されるとした。また、マイクロ/ナノ空間角度分解光電子分光による電子状態の可視化を、今回のようなひねり原子層材料の開発に活かすことで、さらに新しい種類の原子層材料の探索が効率的に進展することが見込まれるとした。