東京大学(東大)は10月11日、複数の亜鉛(Zn)原子を近づけるシンプルな分子設計により、従来困難とされてきた可視光吸収を示す「Zn錯体」の創出に成功したことを発表した。

  • 従来の常識を打破する、Znイオンの近接配置による可視光応答性の発現のイメージ。

    従来の常識を打破する、Znイオンの近接配置による可視光応答性の発現のイメージ。(出所:東大Webサイト)

同成果は、東大 生産技術研究所の砂田祐輔教授、同・和田啓幹助教、東大大学院 工学系研究科 応用化学専攻の丸地貴大大学院生(研究当時)、同・石井玲音大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、独国化学会の刊行する機関学術誌の国際版「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

Znは、地球上に存在する安価で低毒性な金属であり、人類にとって価値の高い重要な金属資源だ。Znを利用した材料開発は、有機合成化学や電池技術、生命科学といった広範囲な化学分野にわたって精力的に行われてきたものの、現代および次世代の基盤技術である可視光を利用した可視光機能材料の中心金属としての利用は、長年の課題となっている。

12族元素のZnを含めた元素周期表中3族~12族に位置するdブロック元素は、配位子と結合した錯体状態において、その錯体が示す可視光吸収に基づき、さまざまに色づくことが知られている。しかしZnに限ってはその中でも例外的に、可視光吸収を示さない無色の錯体を形成することが知られている。Znは錯体中において安定な二価の電子状態を有するZn2+錯体として存在するが、Znの有するd10電子配置により、可視光吸収を示さないことが化学における常識とされてきた。

その一方で、2つ以上のd10金属が近接する場合、金属間に相互作用が生じ、励起状態エネルギーが大きく変化することが知られている。実際に10族や11族の元素においては、これらの相互作用を利用した光物性の変調は数多く報告されてきたが、Zn化合物だけはそのような報告例がなかったという。そこで研究チームは今回、2つのZn原子を有するZn二核錯体において、Zn原子間距離(dZn-Zn)を制御するシンプルな分子設計に基づき、励起状態エネルギーを緻密に制御することで、可視光吸収を示すZn2+化合物の創出に取り組んだとする。

まず2種の類似したケイ素架橋配位子を用いて、dZn-Znが大きく異なる2種類のZn二核錯体1および錯体2を新規に設計・合成した。すると、錯体1は従来のZn2+錯体と同様に無色の化合物だったのに対し、錯体2は黄色に色づく化合物となったという。単結晶X線構造解析の結果、2種の錯体におけるdZn-Znの値は大きく異なり、錯体1が約5.71オングストローム(Å)だったのに対し、錯体2は約2.93Åと非常に短いことがわかったという。

  • (左)2種類のSi架橋配位子を用いたZn二核錯体1および2の画像。(中央)構造式。(右)単結晶X線構造解析により決定された分子構造とdZn-Zn。

    (左)2種類のSi架橋配位子を用いたZn二核錯体1および錯体2の画像。(中央)構造式。(右)単結晶X線構造解析により決定された分子構造とdZn-Zn。(出所:東大Webサイト)

次に、光物性評価および量子化学計算を組み合わせた解析が行われた。その結果、錯体2においては短いdZn-ZnによってZn2+中心の空軌道間に相互作用が生じており、それに基づき励起状態エネルギーが大幅に低下することで、可視光吸収が実現されたことが判明した。また一方の錯体1においては、そのようなZn2+間の相互作用は観測されなかったとのことだ。

  • (上)Zn二核錯体1および2のLUMOの分布図。(下)Zn間に働く相互作用の模式図。錯体1が高エネルギーな紫外光のみを吸収する一方、Zn間に相互作用を有する錯体2は低エネルギーな可視光吸収が可能。

    (上)Zn二核錯体1および2のLUMOの分布図。(下)Zn間に働く相互作用の模式図。錯体1が高エネルギーな紫外光のみを吸収する一方、Zn間に相互作用を有する錯体2は低エネルギーな可視光吸収が可能。(出所:東大Webサイト)

研究チームはこの結果について、量子化学計算に基づいて求められた最低空軌道(LUMO)の分布図により視覚的にも理解が可能だとしており、錯体1は1つのZn原子上に分布している一方、錯体2は2つのZn原子上にまたがって分布している様子が確認できるとする。

これらの結果により、適切な配位子を用いて、Zn2+間の距離を短く制御する分子設計を行うことで、可視光吸収を実現し、色を発するZn化合物が合成できることが明らかとなった。

また可視光吸収が示された錯体2は、液体窒素温度下において青色光を照射すると、赤橙色の可視光発光を示すこともわかった。つまりZn2+錯体は、可視光発光材料としても有望となる可能性が見出されたのである。

今回の研究により、Znが可視光機能材料の中心金属として利用できる可能性があることが示された。これにより、高価で毒性の高い貴金属を中心金属に有する材料の代替として、安価で低毒性なZnを用いたさまざまな可視光機能材料の開発が期待されるとする。研究チームは今後、今回の研究で得られた設計指針をもとに、可視光吸収・発光を示す新たなZn錯体の創出に取り組みつつ、Znのさらなる可視光機能開拓に挑戦していくとしている。