アストロバイオロジーセンター(ABC)と国立天文台(NAOJ)の両者は9月13日、星間空間で検出される代表的な複雑な有機分子である「ジメチルエーテル」と「ギ酸メチル」が生成される過程を、量子化学に基づく反応経路自動探索法を用いて検証した結果、それぞれの分子について極低温(~10K)の分子雲内で反応が進行し得る経路を発見したことを発表した。

  • 今回の研究で得られた、低温の星形成領域内で、ジメチルエーテルとギ酸メチルといった複雑な有機分子ができる反応経路のイメージ。

    今回の研究で得られた、低温の星形成領域内で、ジメチルエーテルとギ酸メチルといった複雑な有機分子ができる反応経路のイメージ。(c)ABC、背景画像(c)ESO(出所:ABC Webサイト)

同成果は、ABCの小松勇特任研究員、NAOJの古家健次特任助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する地球と宇宙の化学に関する全般を扱う学術誌「ACS Earth and Space Chemistry」に掲載された。

大質量および小質量原始星の形成領域には、絶対温度100K(約-173℃)以上に達する高温な領域が存在しており、多様で複雑な有機分子が検出されている。ジメチルエーテルやギ酸メチルは、星が誕生しつつある分子雲コアで典型的に観測されている複雑な有機分子で、星形成後の100K以上の高温な気相中の化学反応や、暖められた20K(約-253℃)以上のダスト表面におけるラジカル化学反応が、それらの複雑な有機分子の主な生成法であると考えられてきた。

  • ジメチルエーテルとギ酸メチルの構造式。

    ジメチルエーテルとギ酸メチルの構造式。(出所:ABC Webサイト)

しかし近年になって、10K(約-263℃)程度の極低温でまだ星が生まれていない分子雲コアにおいても、これらの分子が観測されるようになり、これらの分子がどのようにして生成されているのかを再検討する必要が生じていた。ジメチルエーテルに関しては、気相中における放射結合による生成が考えられているものの、低温環境で観測されている量を説明するまでには至っていないという。また、ギ酸メチルの生成過程については、そもそもあまり研究されていなかったとする。

そこで研究チームは今回、極低温下におけるジメチルエーテルとギ酸メチルの生成過程を明らかにするため、量子化学の遷移状態理論に基づく化学反応経路の自動経路探索法を用いて、これらの分子が電子基底状態のままエネルギー的に生成されやすい経路を調べたという。

今回の手法は、ターゲット分子に対してそれぞれ取り得る構造のエネルギープロファイルを完成させていくというもの。1つのターゲット分子が2つの分子に分かれたところで、逆にターゲット分子までの生成経路をピックアップし、より外部エネルギーを要さない経路を抽出するという方式が採用された。

計算の結果、どちらの分子についても、反応障壁のない気相発熱反応による生成経路が発見されたという。ジメチルエーテルについては、得られた反応ネットワークから、CH3OとCH3からの生成経路が発見された。これは部分的には先行研究で推定されていたもので、これらと整合的でより包括的な経路が得られたとする。

  • 今回発見されたジメチルエーテルを生成する反応ネットワークの一部。エネルギーの高い分子(赤)がより安定な分子(青)になる。

    今回発見されたジメチルエーテルを生成する反応ネットワークの一部。エネルギーの高い分子(赤)がより安定な分子(青)になる。(出所:ABC Webサイト)

一方、ギ酸メチルについては、より複雑な生成経路が推定されたとのこと。反応障壁なしで進行する経路も発見されたが、主な生成物は二酸化炭素やメタンなどで、ギ酸メチルはあくまで副産物であることが明らかにされた。ギ酸メチルに関しては、気相反応のみならず、ダスト表面反応などほかの反応経路の方が重要である可能性もあるとしている。

今回の研究によって、これらの複雑な有機分子が極低温においても生成し得る経路が理論化学的に予言され、複雑な有機分子がいかにして生成されているのかという全貌を解明する上で、基礎的な指針となる可能性があるとする。

そして今後は、今回得られた有望な反応ネットワークと反応速度式に基づくモデルを接続し、星間空間における複雑な有機分子の量を推定することも、理論・観測を比較する観点で重要とした。また今回は気相反応に限定した計算が行われたが、ダスト表面反応についても同様の研究を行うことは、量子化学計算による評価として有用だろうとしている。