東京大学(東大)は10月10日、思春期を対象としたコホート研究を行い、13歳から16歳の一般的な思春期の子どもで生じる「心理的困難さ」の変化と、脳波計測により測定される「ミスマッチ陰性電位」の変化が関連することを明らかにしたと発表した。

同成果は、東大大学院 医学系研究科 脳神経医学専攻 精神医学分野医学博士課程の臼井香大学院生(研究当時)、同・笠井清登教授、東大 バリアフリー支援室の切原賢治准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、大脳皮質の発達・進化・組織化・可塑性・機能などに関する学際的な分野を扱う学術誌「Cerebral Cortex」に掲載された。

思春期は、小学校の高学年ぐらいから高校生年代までの、子どもから大人へと成長していく時期にあたり、身体的には第二次性徴が始まることによる成長や変化が大きく、精神的にはヒトに特徴的な高度な精神機能が成熟していき、1人の大人として自分が確立されていく重要な時期であり、同時に心の不調や精神疾患の発症が多いことも特徴だ。

また、思春期は大脳皮質を中心に脳が発達する時期であり、その発達は心理的困難さに対して影響を与える可能性があることが考えられるという。これまでの研究からも、思春期における脳の発達と心理的困難さとの関連が報告されていた。しかしその多くが、精神疾患やそのリスクの高い人を主な対象としていたり、一時点における脳の指標と心理的困難さを調べたりしたものだったことから、研究チームは今回、一般の思春期集団を対象に繰り返し調査を行い、思春期における脳の発達と心理的困難さとの関連を調べることにしたという。

今回の研究では、東大・総合研究大学院大学・東京都医学総合研究所が実施している、東京に居住する思春期の子ども(2002年9月1日~2004年8月31日までの間に生まれた子)を対象としたコホート研究「東京ティーンコホート調査」の参加者(3171世帯)のうち、脳波測定と心理的困難さのアンケートを行った67名を対象に、ミスマッチ陰性電位と心理的困難さとの発達による変化の関連について調査を行うことにしたとする。

なおミスマッチ陰性電位とは、多くの場合、「オドボール課題」を用いて測定され、児童から成人にかけてミスマッチ陰性電位の振幅が増加することが多く報告されている一方で、精神疾患のリスクが高いと異なる変化を示すことが報告されており、精神疾患と関連する指標であると考えられているものだ。同課題で被験者は、同じ音(標準刺激)を繰り返し聞かされるが、時々違う音(逸脱刺激)が聞かされる。同課題中に脳波を測定すると、逸脱刺激を聞いてから100~200ms後に前頭部で陰性の電位変化が出現するが、これがミスマッチ陰性電位である。今回の研究では、参加者は13歳と16歳の2回のタイミングで脳波計測を用いてミスマッチ陰性電位が計測され、アンケート調査も実施された。

  • ミスマッチ陰性電位

    ミスマッチ陰性電位。同電位に13歳から16歳にかけての平均値の違いはなかったとした(出所:東大Webサイト)

また心理的困難さは、思春期の参加者の親が「子どもの強さと困難さアンケート」に回答することにより評価が行われた。同アンケートは、子どもの情緒や行動について25の質問項目からなり、得られた回答から心理的困難さの得点が求められる仕組みだ。精神的な健康状態を評価する指標であり、点数が高いほど困難さが大きいことを意味している。

  • ミスマッチ陰性電位の低下が心理的困難さの増加と関連

    ミスマッチ陰性電位の低下が心理的困難さの増加と関連。13歳から16歳にかけてミスマッチ陰性電位が低下する(マイナスの振幅が小さくなる)人ほど、心理的困難さが増加することが示された(出所:東大Webサイト)

調査の結果、ミスマッチ陰性電位の変化は心理的困難さの変化と関連することが判明。さらに、16歳時点での心理的困難さが高いグループ(33名)では、13から16歳にかけてミスマッチ陰性電位が年齢とともに低下する一方で、心理的困難さが低いグループ(34名)では低下しないことも確認された。

  • 心理的困難さの程度によってミスマッチ陰性電位の発達的な変化が異なる

    心理的困難さの程度によってミスマッチ陰性電位の発達的な変化が異なる。16歳時に心理的困難さが低いグループではミスマッチ陰性電位の振幅が変化しない一方で、心理的困難さが高いグループではミスマッチ陰性電位の振幅が低下した(出所:東大Webサイト)

今回の研究により、思春期におけるミスマッチ陰性電位の発達的変化が心理的困難さの変化と関連することが解明された。また、心理的困難さの程度によって、ミスマッチ陰性電位の発達的変化が異なることも見出された。ミスマッチ陰性電位の発生には脳の情報処理を担う前頭、側頭を中心とした神経回路やグルタミン酸神経伝達が関与することが報告されている。今回の研究成果は、思春期の心理的困難さが生じるメカニズムを解明することに役立つ可能性があり、心の健康増進に貢献することが期待されるとした。