東京大学(東大)は10月3日、低酸素が誘導する、細胞(内)小器官の1つである「ゴルジ体」の崩壊を伴うゴルジ体と「小胞体」の融合がコレステロール合成経路を活性化することを見出し、オルガネラ(細胞内器官のうち機能を持つもの)を介したがん促進性の免疫制御機構が、がんの進展に関与することを発見したと発表した。

また、コレステロール合成経路のマスターレギュレーター(主要転写制御因子)である「SREBP2」の酸素センサとしての役割を哺乳類細胞(ヒト細胞)で初めて報告したことも併せて発表された。

同成果は、東大 先端科学技術研究センター(RCAST)の大澤毅准教授、同・安藝翔特任助教、同・菅谷麻希学術専門職員、東大大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻の中原龍一大学院生を中心に、東京医科歯科大学、名古屋大学、東北大学、福井大学、がん研究会がん研究所の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、分子/細胞生物学に関する全般を扱う学術誌「The EMBO Journal」に掲載された。

骨髄由来の免疫細胞「BMDCs」は、初期の低酸素状態のがん組織に浸潤し、体内に侵入した細菌や異物を貪食することで知られる免疫細胞「マクロファージ」に分化することにより、腫瘍血管新生とがんを促進する免疫細胞を活性化することがわかっている。しかし、低酸素が骨髄由来の免疫細胞の活性をどのように制御するのかはこれまで不明だった。

そこで研究チームは今回、「トランスクリプトーム」(特定の状況下での細胞内の全RNA)、「エピゲノム」(DNAのメチル化とヒストン修飾で維持・伝達される、後天的に書き換えられる遺伝情報)、および「メタボローム」(分析装置で計測された代謝物を網羅的に一斉解析する手法)の網羅的オミクス統合解析から、骨髄由来の免疫細胞を詳しく調べることにしたという。

今回の研究では、単球細胞株やマクロファージ細胞株、および分化誘導剤を用いた単球からマクロファージ細胞への分化系や骨髄由来細胞を用いて解析が行われた。

はじめに、常酸素と低酸素で培養した単球細胞、単球/マクロファージ細胞やマクロファージ細胞におけるコレステロール合成経路の酵素(HMGCS1、HMGCR、LSS、MSMO1など)の遺伝子発現を調べたところ、単球細胞は低酸素においてコレステロール合成酵素の遺伝子発現を増加することが見出された。

また、骨髄由来の細胞のシングルセル解析の結果、造血幹細胞や単球細胞のコレステロール合成経路が増加することも確認された。これらのことから、腫瘍微小環境の1つである低酸素というがん細胞を取り巻く環境が、骨髄由来の免疫細胞のコレステロール合成経路を誘導することが明らかにされたのである。

次に、低酸素下において、単球細胞などの一部の骨髄由来の免疫細胞ではゴルジ体が崩壊し、SREBP2が核内移行し活性化されることが観察された。さらに、崩壊したゴルジ体と小胞体が融合することで、コレステロール合成経路のマスターレギュレーターであるSREBP2が、酸素を感知して活性する新たなメカニズムも発見されたとした。

  • 腫瘍悪性化に関与するオルガネラを介したがん促進性免疫細胞の代謝制御機構

    腫瘍悪性化に関与するオルガネラを介したがん促進性免疫細胞の代謝制御機構。低酸素下でゴルジ体と小胞体が融合しSREBP2が活性化することで、造血幹細胞や単球からマクロファージに分化せず未分化性が保たれる (出所:東大 RCAST Webサイト)

なお造血幹細胞の一部は、単球からマクロファージ細胞へと分化(分化マーカーCD11b、CD35、CD32)することが知られている。今回の研究では、低酸素の単球でのみゴルジ体の崩壊に伴ってSREBP2が活性化し、SREBP2の標的であるコレステロール合成酵素(HMGCS1、HMGCR、LSS、MSMO1など)の遺伝子発現が上昇することが確認されたという。

  • 単球からマクロファージの分化マーカー

    単球からマクロファージの分化マーカー。造血幹細胞の一部は、単球からマクロファージ細胞へと分化(分化マーカーCD11b、CD35、CD32)する。今回の研究では、単球細胞株やマクロファージ細胞株、および分化誘導剤を用いた単球からマクロファージ細胞への分化系や骨髄由来細胞を用いて解析が行われた (出所:東大 RCAST Webサイト)

注目すべきは、低酸素によるSREBP2の活性化は、単一細胞解析の結果から骨髄由来の未成熟な免疫細胞系でのみ観察され、コレステロール合成経路が骨髄由来の免疫細胞の分化調節に関与することが示唆された点だとする。

  • 単球細胞は低酸素においてコレステロール合成酵素の遺伝子発現を増加する

    単球細胞は低酸素においてコレステロール合成酵素の遺伝子発現を増加する。常酸素と低酸素で培養された単球細胞、単球/マクロファージ細胞やマクロファージ細胞におけるコレステロール合成経路の酵素(HMGCS1、HMGCR、LSS、MSMO1など)の遺伝子発現が調べられた (出所:東大 RCAST Webサイト)

さらに、コレステロール合成経路の阻害により、がん促進性の免疫細胞の浸潤、血管新生、および腫瘍増殖が抑制されたことから、コレステロール合成経路を標的とした新たながん治療法の開発への応用が期待されるとした。

  • 髄由来の細胞の単一細胞解析(シングルセル解析)

    骨髄由来の細胞の単一細胞解析(シングルセル解析)。骨髄由来の細胞のシングルセル解析の結果、造血幹細胞や単球細胞のクラスター(Cluster0,7,17,4など)でコレステロール合成経路が増加した (出所:東大 RCAST Webサイト)

今回の研究により、ゴルジ体の崩壊を伴う新規酸素センサSREBP2の活性化が、がん促進性免疫細胞の分化を調節することで、がんの進展に関与するという新しい代謝調節機構の発見につながった。今回の研究にて得られた知見から、コレステロール合成系を標的とした腫瘍免疫系の阻害や、オルガネラを標的とした新たながん治療法の確立が期待されるとしている。

  • 低酸素の単球細胞でゴルジ体が崩壊しSREBP2が活性化された

    低酸素の単球細胞でゴルジ体が崩壊しSREBP2が活性化された。低酸素下の単球細胞でゴルジ体(TGN46陽性)が崩壊し、SREBP2が核内移行し活性化された (出所:東大 RCAST Webサイト)