京都大学(京大)は9月20日、根治目的の手術を受けた大腸がん患者が、術後どれくらいの期間で仕事に復帰しているのかなどを解明するとともに、仕事復帰を妨げる要因の探索を目的とした研究を実施したところ、手術から復職までの期間の中央値は1.1か月、術後1年時点で仕事をしている患者の割合は79.2%と、日本の大腸がん患者の術後就労状況が比較的良好であることが判明したと発表した。

  • 今回の研究概要イラスト。

    今回の研究概要イラスト。(c)Kanon Tanaka(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大大学院 医学研究科 消化管外科学の藤田悠介助教、同・肥田侯矢准教授、同・大越香江客員研究員、同・西﨑大輔医員(研究当時)、同・坂本享史診療助教、同・星野伸晃特定講師、同・小濵和貴教授、京大大学院 医学研究科 臨床統計学の今井匠特定研究員(研究当時)、同・田中司朗特定教授、京都医療センターの松末亮医師(研究当時)らの共同研究チームによるもの。詳細は、結腸と直腸外科に関する全般を扱う学術誌「Diseases of the Colon and Rectum」に掲載された。

がん研究振興財団による「がんの統計2023」によれば、2022年の大腸がんの予測罹患者数は、男性が約8万9500人で第3位、女性が6万8700人で第2位となっている(予測罹患者数は、2018年に実施された全国がん登録の性・年齢階級・部位別罹患率に2022年の性・年齢階級別将来推計人口を乗じて予測された数値)。

大腸がんのステージI~ステージIIIの主な治療方法は手術で、現在の5年生存率は約70%~90%だ。とはいえ、多くの大腸がん患者は手術後にさまざまな負担を抱えながら、仕事復帰を含めて日常生活へ戻ることになる。がん患者はさまざまな就労に関する問題を抱えており、その問題は社会にも影響する重要な課題だ。

主に海外の研究では、大腸がんの診断や術後に仕事に復帰する患者の割合は49%~89%、復帰までに要する期間は2.2か月~9.1か月と報告されていた。また、術後に仕事復帰しにくくなる要因としては、高齢であること、併存疾患があること、術後合併症が生じること、手術に補助的な治療(抗がん剤治療や放射線治療)を加える必要があること、拡大手術をすること、収入が低いことなどが挙げられてきたが、日本においてはほとんど調べられていなかったとする。

またこれまでの研究は、大規模なデータベースを用いたものが多く、臨床現場での診断や治療に沿った研究がほとんどなかったとのこと。そこで研究チームは今回、日本の臨床現場において大腸がん患者の手術後の就労状況を明らかにし、仕事復帰を妨げる要因を探索することを目指したという。

今回の調査では、大学病院1施設と市中病院6施設で、2019年6月から2020年8月まで、根治を目的とした手術予定のステージI~ステージIIIの大腸がん患者で、診断時に就労している患者が対象とされた。そして就労に関する内容がアンケートにより収集され、術後半年後と1年後の追跡調査が行われた。129例が解析の対象となり、その患者の背景情報としては39%が65歳以上、36%が女性で、98%が腹腔鏡手術やロボット支援手術などのいわゆる低侵襲手術を受けていたとのことだ。

そして調査データより、手術から復職までの期間の中央値は1.1か月、就労中の患者の割合は、術後半年時点で81.3%、術後1年時点で79.2%と、上述の海外の研究結果と比較して良好であることが判明したとする。なお、がんが進行していたり、人工肛門を作成したり、術後合併症が生じたりした場合には、初回復職が遅くなっていた。それに加え、人工肛門を作成した場合や、非正規雇用や個人収入が低い場合には、術後1年時点で就労していない割合が高くなっていたという。

  • 大腸がんの手術から初回復職までの期間。

    大腸がんの手術から初回復職までの期間。(出所:京大プレスリリースPDF)

研究チームは、今回の研究から得られた情報は、大腸がん患者本人だけでなく、患者を支援する臨床医、産業医や看護師、家族や雇用主などにとって、仕事復帰に向けたコミュニケーションに役立つとする。たとえば、臨床医が大腸がんを診断した際に、患者から就労状況を聞き取り、今回の研究結果を踏まえて今後の治療予定と経過の見込みを適切に伝えることで、患者に明確に治療と復職のイメージを持ってもらうことが可能になる。ただし、今回の研究結果にも限界があり、術後1年以降の長期的な就労の実態は不明だといい、また仕事復帰を妨げる要因に関する検討では、患者背景の偏りを考慮に入れていない結果のため、解釈に注意が必要とのことだ。

がん患者の就労支援に関しては、2016年のがん対策基本法の改正を機にガイドラインなどが整備されつつあるが、臨床現場で実際の就労支援に役立てられるような情報がまだまだ少ないのが現状だといい、研究チームでは異なる種類のがんにおいても、就労に関する研究を継続中とする。このように、臨床現場における診断や治療に沿った研究が増えることで、就労や治療に関する患者自身の意思決定を支援していく取り組みが活性化することが期待されるとしている。