産業技術総合研究所(産総研)は9月26日、99%以上の高いテラヘルツ波吸収率と高速熱応答性の両立に加え、製造性にも優れたテラヘルツ波吸収体を開発したことを発表した。

同成果は、産総研 製造技術研究部門の桑野玄気研究員、同・穂苅遼平主任研究員、同・栗原一真研究主幹、産総研 物理計測標準研究部門の東島侑矢研究員、同・木下基研究グループ長らの共同研究チームによるもの。今回の開発品は、10月4~6日に幕張メッセで開催される「高機能素材Week」で展示される予定。

  • 今回開発されたテラヘルツ波吸収体

    (左)今回開発されたテラヘルツ波吸収体。(右)従来品の性能比較(出所:産総研Webサイト)

第6世代移動通信システム(6G)を実現するため、0.1~0.3THzのテラヘルツ波の利用が想定されている。そのために必要な要素の1つが、高性能なテラヘルツ波パワーセンサの実現だ。パワーセンサによる光源の評価や検出器の校正は、光源や検出器の普及や基地局整備に必要な技術だからである。

しかし6G帯において、可視・赤外・6G帯以外のテラヘルツ域での市販品と同程度かそれ以上の精度と応答速度を有するパワーセンサは開発されていない。これは、パワーセンサの精度を特徴付けるテラヘルツ波吸収体の吸収率が6G帯で急激に低下することに起因しているという。テラヘルツ波吸収率と温度上昇速度に優れ、なおかつ製造性に優れた吸収体を開発できれば、パワーセンサの開発につながり、さらにそれがテラヘルツ波を用いた次世代通信技術の社会実装に必要な製品の開発へとつながるとする。そこで研究チームは今回、高いテラヘルツ波吸収率と高速な温度上昇速度を両立するテラヘルツ波吸収体の開発を試みることにしたという。

今回の研究では、スリットや空孔が設けられた樹脂の中空ピラミッド構造を採用。ピラミッド構造のように3次元構造を形成することで、テラヘルツ波の反射率を小さくすることが可能であり、体積の小さな中空構造にすることで温度上昇速度に影響する熱容量を小さくできる。

しかし、6G帯における樹脂のテラヘルツ波吸収率は10%以下と極めて低く、反射率を小さくしても吸収率を高められないため、大半のテラヘルツ波が樹脂を透過してしまう。また、樹脂の熱伝導率は低いため、熱容量を小さくしても高速な温度上昇速度を実現することはできないとする。

そこで、研究チームは金属の表皮深さよりも薄い1nmから100nmの金属薄膜を構造体表面に形成することを提案。上述の薄さの金属薄膜は吸収層として利用できるため、樹脂の非常に小さな吸収率を補うことが可能だという。

  • 高い吸収率と高速な温度上昇速度が両立されたテラヘルツ波吸収体の概念図

    高い吸収率と高速な温度上昇速度が両立されたテラヘルツ波吸収体の概念図(出所:産総研Webサイト)

また金属薄膜の熱容量は小さく、金属薄膜がテラヘルツ波を吸収することにより発生した熱エネルギーで、金属薄膜に大きな温度上昇が生じる。さらに、熱エネルギーは温度勾配と熱伝導率が大きな場所へと流れ込む。金属薄膜の熱伝導率は樹脂よりも1桁以上大きいため、金属薄膜で発生した熱エネルギーは樹脂ではなく金属薄膜の方向に伝わる。この効果により、金属薄膜層全体が樹脂よりも高速に温度上昇し、単なる樹脂中空構造体よりも温度上昇速度を向上させることができるとした。

さらに、考案された吸収体を実際に作製するため、3Dプリンターが利用されることとなった。3Dプリンターの特徴と電磁波熱設計を組み合わせることで、最適な構造体の検討が行われた。3Dプリンターを使うことで吸収体の大面積化が容易になることに加え、湾曲・円筒・球面などのさまざまな形状を作製することも可能だ。このような吸収体を作製することで、特定の方位から伝搬するテラヘルツ波を高効率に検出できるようになるという。この特徴を利用すると、テラヘルツ波の絶対強度だけでなく、離れた位置のアンテナから放射されるテラヘルツ波の分布や広がり幅の測定などが可能になると期待され、テラヘルツ波検出技術のさらなる高度化につながるとした。

  • 開発品と従来吸収体の性能比較

    開発品と従来吸収体の性能比較(出所:産総研Webサイト)

  • 吸収率の周波数依存性ン

    (a)吸収率の周波数依存性。挿入図は拡大図。(b)吸収体の温度上昇特性(出所:産総研Webサイト)

次に、樹脂でできた3次元中空構造の表面に均一な厚みの金属薄膜層を形成できる無電解めっきプロセスが開発された。従来テラヘルツ吸収膜に使われてきたニクロム合金などの金属よりも導電率が小さなニッケルリン無電解めっき膜が選択され、表皮深さを厚くし、数nmの膜厚変化に対して光学特性がほぼ変動しない吸収膜を実現され、これにより、透過率・反射率・吸収率が最適となる膜厚に調整しやすい金属薄膜となったととする。

  • 3Dプリンターで製造された自由曲面型吸収体

    3Dプリンターで製造された自由曲面型吸収体。(a)湾曲型。(b)円筒型。(c)中空球面型(出所:産総研Webサイト)

今回の研究では中空ピラミッド構造と薄い金属膜を組み合わせた吸収構造にすることで、6G帯の吸収率が99%以上という高い吸収率だけでなく、3次元構造付きの従来品と比べて8倍以上、平面型の市販品・従来品に比べて2倍以上という高速な温度上昇が実現された。

今後も産業界のニーズや市場などを勘案して、産学連携によって研究開発を積極的に進め、社会課題の解決につながるような光学部材を簡便に作製する技術やコンセプトの創出を行っていくとしている。