アストロスケールは9月26日、2023年度中にミッション開始を予定している商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J(アドラスジェイ)」の同社の中における同衛星の位置づけ、ならびに宇宙を取り巻く現在の状況などの説明会を開催した。
ADRAS-Jは、大型デブリ除去などの技術実証を目指す宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「商業デブリ除去実証(CRD2:Commercial Removal of Debris Demonstration)フェーズI」の契約の元、アストロスケールが開発してきたデブリ除去技術の実証衛星。CRD2は2段構えの取り組みで、フェーズIはマイルストン・ペイメント方式を採用。デブリ除去の実現に向けたキー技術の実証のために行われるが、事前に定義された4つのマイルストン(基本設計、詳細設計、製造・試験検証、運用)の達成ごとに、定められた金額が段階的にアストロスケールに支払われる方式が採用されている。また、フェーズIIはフェーズIの成果を踏まえ、実際にデブリの除去に挑むことが予定されている。
このフェーズIの対象となるデブリはGOSATを打ち上げた「H-IIAロケット15号機」の上段。全長約11m、直径約4m、重量約3トンという大型デブリで、JAXAからは「デブリ接近計画に対する実績の確認」「対象デブリの定点観測」「対象デブリの周回観測」「ミッション終了処理」の4つのサービスが要求されるほか、アストロスケール自身も「対象デブリの検査および診断」「対象デブリへの極近傍接近」、そして現時点では非公開の「エクストラミッション」といった3つの独自ミッションを行う予定としている。
宇宙が使えないと成り立たない現代の社会生活
米国のSpaceXの例に漏れず、日本でもアストロスケールのほか、ispaceやインターステラテクノロジズ(IST)といった宇宙ベンチャーが次々と誕生し続けている昨今。この宇宙をビジネスにしようという流れは世界的な潮流で、「フランスでは毎週1社の宇宙ベンチャーが立ち上がっている」(アストロスケールホールディングス創業者兼CEOの岡田光信氏)とも言われているほど。また、1社や1組織で打ち上げる衛星の数もStarlinkがまさにそうであるようにコンステレーションで数百、数千機の単位で活用する動きもあり、この数年で宇宙に打ち上げられた衛星の数は劇的に増加し続けてきた。
こうした衛星は、実は一般の人々の生活にも密接に関わるようになっている。例えば、GPSに代表されるGNSS(全地球航法衛星システム)は人や自動車の移動に欠かせない技術となっているほか、天気予報も人工衛星の画像を必要とする。StarlinkやOneWebによって衛星通信で世界中のどこでもインターネットに接続できるようになってきたし、災害時の被災状況の把握や漁業における魚群探知、農業(作物)の生育状況の把握、そして金融取引に求められる高精度な時刻同期もGNSSを時刻ソースとして活用するなど、日常生活のどこを切りだしても人工衛星の世話になっていないシーンがないほど実は身近な存在となっている。
国連が定めた持続可能な開発目標であるSDGs(Sustainable Development Goals)においても、飢餓の問題や気候変動、海洋資源の把握、陸上資源の把握、水の問題など17のゴール、169のターゲットの内、約4割が宇宙が持続可能でないと達成できないという向きもある。また、そうした社会課題の解決も含め、世界中の国々が自国での衛星保有に向けた取り組みを進め、日本もそうした国々に協力する動きを見せているが、ここで問題となってくるのは、衛星が打ち上げられる軌道の数は決まっており、その軌道上の衛星の数が劇的に増加していくことである。「2020年まで衛星とデブリが1km以内に近づくニアミスの回数は毎月1000回ほどであったが、2022年には3倍に増加している。宇宙は広いが、衛星が飛べる軌道は下記られており、そこにおける物体の密度はいき値に達したと考えらえる。デブリは秒速7500mmで飛行している。それに対する衝突回避のためのマヌーバの回数も増加しており、最近でもStarlink衛星は1時間あたり6階の衝突回避運動を行っていると言われている。いろいろな衛星が軌道上を通過するようになり、混雑の度合いが急激に増加。結果として、衝突リスクが増加し、ROI(Return On Investment)が減少するのが現状になってきた」と岡田氏も現状を分析。こうした状況を変えるのが同社が参入を目指す軌道上サービスであるとする。
目前に迫るデブリで宇宙が使えなくなる日
「我々が確認しているだけでも2023年中に5回、破砕事例が発生している。中にはデブリとデブリが衝突したものもある。デブリ同士の衝突はコントロールが効かないので避けることができない。このまま放っておけば、連鎖反応的にデブリが発生し、宇宙が使えなくなる日がくる」と岡田氏は、現在も次々と意図しないデブリが増加していくことに危機感をあらわにする。
なぜこうしたデブリの増加を止められないのか。岡田氏は「根本的な原因は、宇宙産業のバリューチェーンが短いことに起因している」と指摘する。多くの産業では、研究開発から製造、販売、そしてアフターサービスで製品の廃棄まで一貫したエコシステムが構築されているが、宇宙産業はこれまで、打ち上げも使い捨て、衛星も運用が終われば使い捨てという文化で成り立ってきており、リペア、リフューエル、リムーブ、リユース、リサイクルといった取り組みはほとんどなかった。こうしたアフターサービスこそが軌道上サービスの市場であり、そこをビジネスとするためにアストロスケールが立ち上げられたとも言える。
また、「軌道上サービスは市場が誕生する前に、そもそもその技術そのものが難しいとされてきた。単に宇宙に漂っている非協力な物体とランデブーし、近づく技術(RPO:Rendezvous and Proximity Operations Technologies、ランデブ・近傍運用)そのものを開発する必要がある。アストロスケールでは2021年にELSA-dを打ち上げ、必要な技術実証をすべて行った。こうした取り組みを我々が進める間に、市場も出来上がりつつあり、各国もルールの構築を始めた。例えば米国連邦通信委員会(FCC)は、2024年9月30日以降に打ち上げる低軌道衛星に、任務完了後5年以内に廃棄軌道に移すことを義務付けることを打ち出した。地球を守るために宇宙を守る必要性が認識されるようになってきた」と、軌道上サービスを実現するうえでの技術的なハードルがあるとしつつも、各国が歩調を合わせて宇宙を持続的に使えるようにしていく重要性を認識し出しているとし、2030年が1つのターゲットになると強調する。
なぜ2030年かというと、「2023年現在で宇宙の環境は劇的に悪化しているが、このまま行くと2026年~2027年にかけてコンステレーションの衛星群の世代交代が起こり、宇宙が混乱状態になることが想定される。まだ立ち上がっていないコンステレーションプログラムの打ち上げもあるため、このまま行けば、2030年には不可逆な連鎖衝突が生じることが危惧される」(同)という予測があり、すでに計画されている2026年~2027年の状態を防ぐことは難しいことから、それまでにデブリ回収技術を確立させ、法規制や規範・ベストプラクティスの強化・改善を進めつつ、同時期に軌道上サービスの提供体制を構築することで、2030年における宇宙環境の改善を目指すことが現実解になるという。
デブリ回収技術確立の鍵を握る「ADRAS-J」
アストロスケールは以下の4つの軌道上サービスの提供を目指している。
- EOL(End-of-Life Service):衛星運用終了時のデブリ化防止のための除去サービス
- ADR(Active Debris Removal):既存デブリの除去サービス
- LEX(Life Extension Service):寿命延長サービス
- ISSA(In-situ Space Situational Awareness):故障機や物体の観測・点検サービス
この中でEOLサービス実用化の鍵を握るのがADRAS-Jとなる。岡田氏も「2026~2027年までに多くの軌道上サービスを実証し、価値を提供し、量産に入っていく。こうした取り組みの最初の衛星がADRAS-Jであり、2030年に向けて突っ走っていく号砲」であると、その重要性を強調する。
また、ADRAS-Jは宇宙航空研究開発機構(JAXA)とのパートナーシップ型契約に基づくミッションでもあり、日本政府としてもJAXAとしても、深刻化するスペースデブリ問題を改善するデブリ除去技術を獲得するという意味でも、日本企業の商業的活躍の後押しをするという意味でも期待される取り組みと言える。
JAXA研究開発部門商業デブリ除去実証チーム長の山元透氏も「スペースデブリ除去に関係する政策もいろいろと出てきた」と国としてもデブリ除去の重要性を理解しているとし、さまざまな支援を行ってきたとする。
ADRAS-JにおけるJAXA側のミッションは以下の4つ。
- デブリ接近計画に対する実績の確認
- 対象デブリの定点観測
- 対象デブリの周回観測
- ミッション終了処理
これに加えてアストロスケール側のミッションとしては以下の3つが掲げられている。
- 対象デブリの検査および診断
- 対象デブリへの極近傍接近
- エクストラミッション
ADRAS-Jは打ち上げ後、軌道マヌーバを実施し、対象デブリに向かって、GPSや地上からの観測データをもとに対象デブリの後方数百km地点まで接近。その後、搭載された可視光カメラを用いて数km付近まで接近。そこから数百m地点まで赤外線カメラを活用して接近した後、LiDARを使って数十mまで接近し、観察を行うほか、「手を伸ばせば届くレベル」という距離まで近づいたり、対象デブリの周回観測などにも挑むこととなる。アストロスケールのミッションは、JAXA側のミッションの3番目まで終えた後に実施予定で、それを終えた後、JAXAの4番目のミッションである対象物からの離脱が行われる予定となっている。
ADRAS-Jの諸元としては、太陽電池パドルを開いた状態で3700mm×810mm×1200mm、推進剤を含めた重量が150kg、推進剤は低毒性のもの(グリーンプロペラント)を採用する。また、何があってもターゲットにぶつかり、余計なデブリを生み出してはいけないという思想から、RPOのどの過程においてもターゲットとの衝突を避けられるようにアボートマヌーバは設計されており、3種類のアボートマヌーバを状況や軌道に応じて使い分けるために、膨大な件数のシミュレーションを行い、安全なアボート軌道であることを確認したとしている。「この取り組みは、今回の実証実験のみならず、実用的なサービスに向けた現実的な技術を実現するためのもの。安全性確保のために、衛星が自分の健康を常時診断しており、万が一にも異常を検知したら、対策を施す「FDIR(Failure Detection Isolation and Recovery、故障検知、分離、および再構成機能)」も搭載。異常を検知した状況に応じて、衛星がそれ以上、おかしなことにならないようにリカバリすることを重視したシステム設計がなされているとする。
なお、打ち上げにはRocket Lab(ロケットラボ)のロケット「Electron(エレクトロン)」が用いられ、フェーズIの見込み運用期間は4か月ほど、ミッションの完了はJAXAとの契約で2024年3月末までとなっている。しかし、ロケットラボは2023年9月19日にエレクトロンロケットを打ち上げたものの、2段目に異常が発生、貨物(ペイロード)の米Capella Spaceの合成開口レーダー(SAR)衛星「Acadia 2」の軌道投入に失敗しており、この影響から当初は11月にも打ち上げを予定していたスケジュールを延期せざるを得なくなったとしている。現在、ロケットラボ側で原因の解明と対応策に向けた取り組みが進められているとのことだが、その対策がいつ終わるのかはまだ未定とのことで、岡田氏も「我々も分からない」というほど。ただし、ADRAS-J自体は健全で、射場のあるニュージーランドに向けた出荷を控えた状態であり、打ち上げが可能になった後、速やかな打ち上げと軌道上での運用に挑みたいとしている。