日本発の宇宙スタートアップ「アストロスケール」の子会社である「アストロスケール米国」などは2023年5月9日、「ハッブル宇宙望遠鏡」の運用を延長させるために、軌道の高度を上げる計画を発表した。
ハッブル宇宙望遠鏡はゆっくりと軌道が下がり続けており、このままでは2030年代半ばに大気圏に再突入すると予測されている。一方、機体そのものはほぼ正常で、軌道を上げることで運用期間を伸ばせる可能性がある。NASAは昨年12月、情報提供要請(RFI)を公告し、宇宙企業などからアイディアを募集していた。
ハッブル宇宙望遠鏡は米国航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)が開発した宇宙望遠鏡で、1990年に打ち上げられて以来、大気のない宇宙空間からさまざまな天体を詳しく観測し、数々の科学的成果や美しい天体写真をもたらしてきた。打ち上げから33年を超えたいまでもほぼ正常に稼働しており、現時点では2026年6月までの運用が決まっている。
ハッブル宇宙望遠鏡は打ち上げ当初、高度約610kmの軌道に投入された。そのままでは大気との抵抗などで軌道が徐々に下がっていくため、スペース・シャトルを使った整備ミッションを行った際、軌道を押し上げたこともあった。しかし、シャトルによる整備ミッションは2009年を最後に終了したこともあり、高度は下がり続ける一方で、現在は高度約530kmの軌道を回っている。
NASAによると、太陽活動の影響で正確な予測は難しいものの、このままでは2030年代半ばに大気圏に再突入すると予測されている。
こうしたなか、NASAではまだ正常なハッブル宇宙望遠鏡を最大限に活用するために、「リブースト(reboost)」と呼ばれる、軌道高度を上げる運用を行い、運用を延長しようという検討が行われている。そして2022年12月に、NASAは情報提供要請(RFI)を公告し、宇宙企業などからハッブル宇宙望遠鏡の軌道を上げるためのアイディアを募集した。
なお、NASAによると、現時点ではまだ、ハッブル宇宙望遠鏡のリブーストは決定された計画ではなく、PFIは実現可能性を探ること、またリブーストの方法を決定するのを支援することが目的だとしている。くわえて、NASAから資金を提供する計画も現時点ではないとしており、基本的には民間企業が無償で行うことが定められている。
RFIを受け5月9日、日本発の宇宙スタートアップ企業アストロスケールの子会社アストロスケール米国(Astroscale U.S.)と、米国の宇宙企業モメンタス(Momentus)は共同で、RFIへの回答を提出したと発表し、その詳細について明らかにした。
アストロスケールは2013年に創設された企業で、スペース・デブリ(宇宙ごみ)の除去をはじめとする軌道上サービスに取り組んでいる。2021年には実証衛星「ELSA-d」を打ち上げ、技術的な問題を抱えつつも、将来のミッションに必要な技術実証を行っている。
モメンタスは2017年創業で、小型衛星向けのスラスターの開発や、大型ロケットで複数機まとめて打ち上げられた小型衛星を、それぞれ任意の軌道に送り届けるための軌道間輸送機の開発に取り組んでいる。これまでに3機の超小型衛星の実証機を打ち上げている。
提案されたミッション・コンセプトでは、モメンタスが開発した小型衛星「ヴィゴライド(Vigoride)」に、アストロスケールがもっているランデヴーと近傍運用、ドッキング(RPOD:Rendezvous, Proximity Operations and Docking)技術を組み合わせることで実現するとしている。
ヴィゴライドは小型ロケットで低軌道へ打ち上げられたのち、RPOD技術を使ってハッブルに接近し、ロボットアームで捕まる。ヴィゴライドには、水をマイクロ波で加熱して噴射するスラスターが装備されており、それによってハッブルの軌道を50km上昇させる。
さらに、リブーストの完了後は、ヴィゴライドはハッブル宇宙望遠鏡から離れ、ハッブル宇宙望遠鏡の新しい軌道上に存在する可能性のあるデブリの除去も行うという。
前述のように、仮にハッブル宇宙望遠鏡のリブーストが実際に行われることになっても、NASAから資金は提供されず、実施企業が手弁当で行うことになる可能性が高い。にもかかわらず、アストロスケール米国などが計画を提案した背景には、このミッションが、軌道上にある衛星に対して修理や燃料補給、軌道変更といったサービスを提供する能力の実証機会となり、他の民間企業の顧客や政府の顧客を惹きつける可能性がある、つまりハッブル宇宙望遠鏡の知名度を生かしたまたとない宣伝の機会となるということが大きい。
モメンタスのJohn Rood CEOは「我々の飛行実績と、アストロスケールがもつRPODの専門知識を活用することで、ハッブル宇宙望遠鏡のミッションをサポートする上で相乗効果があることがわかりました。ハッブル宇宙望遠鏡は打ち上げから33年が経ったいまなお、ミッションを継続する能力を十分にもっていますが、軌道の安定性は落ち続けています。私たちのロボットを使った新しい宇宙サービス技術を活用して、この数十億ドルの科学投資を継続的に運用するための、非常に費用対効果の高い方法をNASAに提供するために協力できたことを大変うれしく思っています」とコメントしている。
また、アストロスケール米国のRon Lopez社長は「ハッブル宇宙望遠鏡のリブーストの必要性は、なぜ宇宙産業がダイナミックで即応性の高い宇宙インフラを必要としているのか、そして私たちの宇宙を探索する機会を拡大する必要があるのかについての重要な警鐘となるはずです」と述べた。
「宇宙空間におけるサービスと組み立て技術の普及により、私たちは宇宙での投資がどのように管理できるかを再考することができます。それは新しい宇宙時代を築くための基礎です。私たちがNASAに提案したのは、これまでに5回行われた、シャトルを使った宇宙飛行士による有人整備ミッションでは利用できなかったオプションであり、ミッションの目標を達成し、宇宙における米国のリーダーシップを向上させるための優れた宇宙サービスです」。
ハッブル宇宙望遠鏡のリブーストをめぐっては、2022年9月に、イーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXが、有人宇宙船「クルー・ドラゴン」を使用して行う計画を明らかにし、NASAと共同で実現可能性について検討が行われている。
スペースXの提案では、宇宙飛行士が参加する必要があるため、リブースト以外にも機器の交換、メンテナンスなどの複雑な作業を行うことができる可能性もある。一方アストロスケール米国らの提案は、完全に無人でリブーストを行うことができるため、「危険を冒すことなく、ハッブル宇宙望遠鏡という重要な国家資産の寿命を延ばすことができる」とアピールしている。
参考文献
・Astroscale and Momentus Team to Offer NASA a Commercial Solution to Reboost Hubble and Deliver Additional In-Space Servicing - Astroscale U.S.
・Need a Lift? Astroscale and Momentus Team to Offer NASA a Commercial Solution to Reboost Hubble and Deliver Additional In-Space Servicing | Momentus Inc
・NASA, SpaceX to Study Hubble Telescope Reboost Possibility | NASA