東北大学、筑波大学、科学技術振興機構(JST)の3者は9月6日、ストロンチウム(Sr)とビスマス(Bi)を含む層状ニッケル(Ni)酸化物「Sr2.5Bi0.5NiO5」を用いて、酸化物における熱的相変化を活用した「電気抵抗スイッチング」に成功したことを共同で発表した。

同成果は、東北大大学院 理学研究科 化学専攻の河底秀幸助教、同・松本倖汰博士、同・福村知昭教授、筑波大 数理物質系物理学域/エネルギー物質科学研究センターの西堀英治教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、物理・化学・医学・生命科学・工学などの基礎から応用までを扱う学際的なオープンアクセスジャーナル「Advanced Science」に掲載された。

近年、不揮発性メモリの一種で、メインメモリとストレージの性能差を埋める「ストレージクラスメモリ」が注目されている。現在、その実現で有望とされているのが、物質の結晶相やアモルファス相の2つの状態の熱的相変化による電気抵抗スイッチングを原理とした「相変化メモリ」だ。同メモリの開発には、GeSbTe合金などの「カルゴゲナイド物質」が主に活用されている。

それに対して酸化物は、「(La1-xSrx)TiO3」や「VO2」における金属絶縁体転移や、「La0.7Sr0.3MnO3」における超巨大磁気抵抗効果に代表されるように、化学組成や外場(熱や磁場など)に応じて電気抵抗を大きく変調できる物質群としての研究が進む。

また酸化物は、高温高圧合成を用いることで原子配列の秩序度合を制御でき、電気抵抗を変調できることも理解されている。たとえば、岩塩構造の「Cu0.5Cr0.5SrO2層」とペロブスカイト構造の「SrCuO3層」からなる「Cu0.5Cr0.5Sr2CuO5」では、岩塩層のCu/Cr配列の秩序・無秩序状態を制御することが可能だ。そして秩序状態と比較すると、無秩序状態では室温付近の電気抵抗率は5倍程度高くなることがわかっている。しかし、カルコゲナイド物質のように、これまで熱的相変化による電気抵抗スイッチングの報告はなかったという。

岩塩構造の「Sr1.5Bi0.5O2層」とペロブスカイト構造のSrMO3層(M=Cr、Mn、Fe、Co、Ni)からなる層状酸化物「Sr2.5Bi0.5MO5」では、岩塩層のSr/Bi配列は秩序状態であり、遷移金属元素(M)の原子番号が大きくなるにつれて、単調に電気抵抗率が減少する特徴を有する。また、最も低い電気抵抗率を示す層状Ni酸化物「Sr2.5Bi0.5NiO5」では、室温以上の電気抵抗率に熱ヒステリシスが報告されており、Sr/Bi配列や結晶相などの熱的相変化が示唆されるが、その詳細は未解明だった。

そこで研究チームは今回、Sr/Bi配列が秩序化したSr2.5Bi0.5NiO5(秩序相)について、大気下のアニール処理による結晶構造の変化を、大型放射光施設SPring-8での放射光粉末X線回折により、詳細に分析することにしたという。

  • Sr2.5Bi0.5NiO5における熱的相変化の概略図

    Sr2.5Bi0.5NiO5における熱的相変化の概略図。(上)異なるSr/Bi配列を有するSr2.5Bi0.5NiO5の結晶構造。(下)今回の研究で同定されたダブルペロブスカイト構造の新物質Sr2BiNiO4.5の結晶構造(出所:東北大プレスリリースPDF)

分析の結果、600℃以下の低温アニールでは、岩塩層のSr/Bi配列が秩序状態から無秩序状態へと系統的に変化することが確認されたとした。そして、700~900℃の中温アニールでは、ダブルペロブスカイト構造の新物質「Sr2BiNiO4.5」に変化し、950℃以上の高温アニールでは元の秩序相のSr2.5Bi0.5NiO5に戻ることが見出された。さらに、秩序相と無秩序相のSr2.5Bi0.5NiO5については、600℃と950℃での低温・高温アニールにより熱的相変化を示し、どちらも常磁性金属でありながら室温の電気抵抗は102倍と大きく異なり、スイッチングできることがわかった。

  • 秩序相と無秩序相における電気抵抗スイッチング。秩序相を600℃で加熱・冷却し、無秩序相に変化させて、続けて950℃で加熱・冷却することで秩序相に変化させる

    (a)秩序相と無秩序相における電気抵抗スイッチング。秩序相を600℃で加熱・冷却し、無秩序相に変化させて、続けて950℃で加熱・冷却することで秩序相に変化させる。(b)秩序相とダブルペロブスカイト相における電気抵抗スイッチング。秩序相を800℃で加熱・冷却し、ダブルペロブスカイト相に変化させて、続けて950℃で加熱・冷却することで秩序相に変化させる。(出所:東北大プレスリリースPDF)

また、秩序相Sr2.5Bi0.5NiO5とダブルペロブスカイト構造Sr2BiNiO4.5については、800℃と950℃での中温・高温アニールにより熱的相変化を示し、室温の電気抵抗は10億(109)倍と非常に大きく異なり、秩序相と無秩序相の場合と同様にスイッチングできることも明らかになったとした。

層状ニッケル酸化物Sr2.5Bi0.5NiO5は、熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチングを示す初めての酸化物だ。これまで熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチングは、GeSbTe合金などのカルコゲナイド物質でしか発見されていなかったことから、相変化メモリ材料の探索領域を大幅に拡張できるという。それに加え、Sr2.5Bi0.5NiO5では相変化温度が高いものの、より低い温度で相変化を示す酸化物を探索できれば相変化メモリにおいてカルコゲナイド物質を代替できる可能性があるとした。

なお今回の研究は、多結晶バルク試料における成果だ。そのため、メモリデバイスの実現をめざす上では、薄膜合成の技術を確立する必要もあるとしている。