量子科学技術研究開発機構(量研機構)は9月6日、省エネ性能や高電圧でも使用可能なパワー半導体として期待されているシリコンカーバイド(SiC)半導体の「量子センサ」を使った温度測定において高感度化を実現することで、これまで計測可能であった50℃を大きく上回る120℃までの計測に成功したことを発表した。
同成果は、量研機構 高崎量子応用研究所 量子機能創製研究センターの山崎雄一上席研究員らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する応用物理学全般を扱う学術誌「Physical Review Applied」に掲載された。
量子センサとは、量子力学の法則に基づき、磁場、電場、温度などを量子状態の変化量として検出するセンサのことで、従来のセンサでは測定できないような微小な領域での測定や高感度測定を可能としている。量研機構はこれまでの研究により、水素イオンやヘリウムイオンを直径1μm程度のマイクロビームとして精密に位置制御して照射する技術により、SiCダイオード中にシリコン空孔(VSi)と呼ばれるスピン欠陥(SiC-VSi)を形成し、これを量子センサとして利用することで、動作中のSiCダイオードの内部温度測定に成功済みだ。
ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センターに代表されるスピン欠陥型の量子センサでは通常、最もエネルギーが低く安定な準位の量子状態である「基底準位」に対し、マイクロ波やラジオ波を用いた量子操作を行うことで、磁場や温度などを測定することが可能だ。極めて小さな量子センサである「ナノダイヤ」を用いた、細胞中での磁場測定などの応用研究などが進む。
それに対してSiC-VSiの場合は基底準位は温度に対して感度が無いため、従来の温度測定の方法では規定順位よりもエネルギーの高い量子状態の「励起準位」を用いて温度測定が実施されていた。しかし、温度測定が可能な時間(励起準位の持続時間=寿命)が約6nsと極めて短い上に、信号強度が小さくなる高温領域では、温度測定が非常に困難であるという課題が存在した。そこで研究チームは今回、SiC-VSiについて温度測定に必要な励起準位だけでなく、温度に対して感度の無い基底準位に対して同時に量子操作を行うことを試みることにしたという。
その結果、SiC-VSiの基底準位の信号強度が特異的に変化するという現象を発見。さらに、同現象を用いるとこれまで温度測定では利用できなかった基底準位の信号にも、温度情報(励起準位の量子操作の結果)が反映されていることも確認したとする。それによって、温度の検出感度を大幅に改善することができたとした。
これまでの励起準位にのみ量子操作を行う従来手法と、基底準位と励起準位の両方同時に量子操作を行う今回の手法でSiC半導体の温度測定が実施された結果、信号強度が約10倍以上強くなることが確認されたという。また今回の手法を、これまではノイズに埋もれて測定できなかった高温領域での測定に適用した結果、従来は50℃程度までしか測定できなかったが120℃を越える温度での測定が実証された。
SiC半導体は高い省エネ性や高速動作、高電圧での駆動や高い動作温度といった特徴から、次世代パワー半導体として日本の半導体戦略でも革新素材として開発が進められている。SiC半導体中に形成された量子センサのSiC-VSiは、デバイスの特性に影響を与えることなく、動作中の内部の状態(温度や電流など)を測定できるという優れた特徴を有する。
研究チームは今後、より高い感度が得られる量子操作の開発などが行われ実際のパワー半導体中に実装することで、従来評価されてきている電流や電圧、磁場情報をもとにした性能向上や、品質管理だけでなく、温度情報を同時に測定することで異常動作時の検知などに実用されることを目指すとしている。