オンプレミス中心のレガシーシステムをクラウドに移行しようと考えている企業は少なくないだろう。しかし、実現させるのはそう簡単なことではない。技術面はもちろん、コストや社内の意見対立といったさまざまな課題が立ちはだかる可能性があるからだ。

そういった壁を乗り越え、クラウド移行を成功させるにはどうすれば良いのか。7月13日、14日に開催された「TECH+ フォーラム クラウドインフラ Days 2023 Jul.ビジネスを支えるクラウドの本質」に“武闘派CIO”として知られるフジテック 専務執行役員 デジタルイノベーション本部長の友岡賢二氏が登壇。「クラウド移行の現実課題に企業はどう対処すべきか」と題して、フジテックでのクラウド移行の経緯を振り返った。

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なぜ友岡氏はクラウド移行プロジェクトを白紙に戻したのか

友岡氏はパナソニック、ファーストリテイリングを経て、現在フジテックのCIOを務める人物だ。CIOとはChief Information Officer(最高情報責任者)のこと。聞き慣れない言葉かもしれないが、それもそのはず。日本で専任のCIOを置く企業はまだ全体のわずか3.7%に過ぎないのだ。

  • 武闘派CIOとして知られる友岡氏の経歴

友岡氏は企業における専任CIO設置率を「せめて50%までは高めたい」と言い、そのために「こうしてあちこちで講演をしている」と続けた。なぜなら、同氏のようなCIOが存在することで、本講演のテーマでもある「クラウド移行」という大きな課題についてもスムーズに舵取りできる可能性が高まるからだ。

では、その友岡氏がCIOを務めるフジテックは、どのようにクラウド移行を進めたのか。

実は友岡氏がフジテックにジョインしたのは、同社のクラウド移行プロジェクトが佳境に入ったタイミングで、すでにデータセンターとの契約直前まで話が進んでいたという。

しかし、友岡氏は入社するなりこの契約を白紙に戻した。

代わりに提案したのがAmazon Web Service(AWS)の活用だ。その理由はスピード感にある。

「契約しようとしていたデータセンターはサイジングなどの作業が必要で、クラウド移行には最低でも3カ月はかかります。さらに、データセンターは一度使い始めると10年単位の契約になっていたのもネックでした」(友岡氏)

AWSであれば契約した当日にサーバを立ち上げることもでき、契約の自由度も高い。当初こそ、スタッフたちはデータセンターの契約中止に戸惑っていたそうだが、やがてAWSの便利さに気付き、一丸となってクラウド移行に取り組むようになったそうだ。

サーバ管理者とエンジニアに“刺さった”ポイントとは

クラウド移行プロジェクトについて、友岡氏はまず次のような方針を定めた。

それは、これまで各部門のサーバ担当者が管理していたサーバを情シスが全て管理することとし、その上で全サーバをAWSに移行するというものである。

サーバ管理の業務から解放されるため、担当者は“当然喜ぶだろう”と友岡氏は考えたというが、実際の反応は意外なものだった。

「サーバ管理者は物理サーバに対して“惜しみない愛”を持っていたのです。足元の見えるところに長年置いてあった物理サーバって、かわいく思えてくるものなんですよね。だから、全サーバをAWSに移行すると聞いてしんみりしてしまったのです」(友岡氏)

そんな中、サーバ管理者を最終的に納得させたのは「休日出勤をしなくても良くなる」ことだった。

というのも、これまでは休日に電源工事などが入る際、サーバをシャットダウンするためだけにサーバ管理者が出勤していたのだ。「その日が子どもの運動会だったとしても出勤する必要があるため、家族からも大ブーイングされる」(友岡氏)という課題をサーバ管理者は抱えていたのである。

クラウド移行すれば、そのような事態に陥らなくなる。この点がサーバ管理者の心に最も刺さったのだ。

一方、エンジニアのクラウド移行に対するモチベーションを高めたのは、「契約書や稟議書が不要になる」という点だ。

物理サーバは1台購入するだけでも大変で、稟議書を上げたり各メーカーから相見積もりを取ったりする必要がある。多くのエンジニアはこうした作業を嫌っていたという。

そのような事情もあり、クラウドに移行することで事務作業が削減できるメリットはエンジニアの心を大いに動かしたのだ。

「誰もが自分が楽になることには熱心になれるものです。技術論だけではなくて、変化を前向きに受け入れられるような体制づくりも欠かせません」(友岡氏)

まずはリフトアップし、クラウドシフトは次世代で

これでようやくAWSへの全面移行が可能になったと喜んだのも束の間。今度はシステム環境面におけるさまざまな課題が見えた。

例えば、これまで使用していたアプリが64ビットではなく32ビットだったことや、IEブラウザに限定されていたこと、クライアントサーバアプリがそのままではクラウドで動作しなかったこと、オンプレミス環境にあるOracleのデータベース管理システム(DBMS)をAWSで使うにはコストが折り合わないことなどである。

友岡氏はこれらの課題に1つ1つ向き合い、丁寧に解決していった。

「32ビットアプリの問題やIEブラウザ縛りの問題は、部門総出で対応し解消しました。クライアントサーバアプリについてはAmazon Workspacesの利用も考えましたが、コストが高いので、10年以内を目処に順次書き換えています。OracleのDBMSはリミニストリートに保守移管し、定期的なアップデートにかかっていた負担を軽減しました」(友岡氏)

こうしてクラウド移行の第一歩を進めることに成功した友岡氏。今後は2020年代のうちにオンプレサーバの廃棄や社内データセンターの閉鎖、PostgreSQLへの移行などを進める計画を立てているという。

前述した32ビットから64ビットへの移行や標準ブラウザ化といった作業は、言わば“システムのモダン化”である。クラウド移行を進めるには、この他にも言語のモダン化やDBのオープンソース化などさまざまな“モダン化”が欠かせない。このモダン化について友岡氏は、「一気にやろうとしてもうまくいかないこともある」と指摘する。

「一気にクラウドシフトをしたくても、現実には無理なこともあります。新たな世代のエンジニアは古いアプリケーションを理解できないことも少なくありません。そこで、まずはリフトアップし、クラウドシフトは次世代へと託すのが有効です。例えば、40年前のアーキテクチャをいきなりクラウドシフトするのが難しいなら、一旦20年前のアーキテクチャにアップデートし、その後クラウドシフトするイメージです」(友岡氏)

こうした取り組みの結果、フジテックのIT経費に対するクラウド支出比率は現在39%にまで達しているという。日本は諸外国と比べてクラウド支出比率が低く、一般的には約8%といったところだということからも、いかにフジテックがクラウドに投資しているかが分かるだろう。

もっとも、逆に言えば「まだ6割はクラウドにできていない状況」(友岡氏)でもある。フジテックは今後、さらにクラウドへの移行を進めていく計画を持っているそうだ。

社外コミュニティ活動でカルチャーを醸成

クラウド移行のような大きな変革を実現するためには、技術面だけでなくカルチャーの改革も必要だと友岡氏は言う。

カルチャー変革を目指す場合、ポイントとなるのは「原則」をあらかじめつくっておくことである。

例えばフジテックでは、「フジテックITアーキテクチャ」として、「GoogleのB2Cサービスを使い倒す」「小粒のクラウドサービスをピンポイントで利用」「自分たちでシステムをつくる場合はAWSの上で」といったいくつかの基本方針を定めている。こうした明確な原則を設けることが、カルチャー改革につながるのだ。

さらに、情シスが「How」ではなく「What」を考える組織を目指すことも重要だと友岡氏は強調する。

具体的には「外部から降ってくる要望に答えて開発するだけの“請負”」になるのではなく、「根本的にビジネスを改善するにはどうすれば良いのか」という骨太かつ抽象度の高い視点を持つべきだということだ。

友岡氏はコミュニティの重要性についても語った。フジテックではコミュニティの参加を教育と捉え、社員が積極的に参加できるような体制づくりを行っている。

「カルチャーをつくる上で社外コミュニティに自ら飛び込むことは効果的です。つまり他流試合です。外のものさしに自分を当て込むことで、客観的に自分を見られます。ただ、休日をつぶしてコミュニティに参加したり、遠出したりするのは難しい人も多いでしょう。そこでフジテックでは、休日にコミュニティに参加したなら代休が取れるようになっています。またコミュニティ参加のために遠出するような場合は、その費用を会社で負担しています」(友岡氏)

友岡氏は最後に「大きな変化は10年周期で訪れる」と語った。例えば、2000年代にはインターネットが、2010年代にはクラウドプラットフォームが普及した。では2020年代の変化とは何か。

それは「API」だと同氏は考えている。他社のAPIを活用して自社のITサービスをつくり上げること、あるいは自社の顧客向けサービスがAPIとして外部から呼び出せること。今後のビジネスはこの考え方を前提として発展していくそうだ。

「フジテックもまだ途上ですが、弊社だけに限らず世界がAPIを中心に変化していくでしょう。ぜひ皆さんも、このクラウド時代を楽しんでください」(友岡氏)

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