アマゾン ウェブ サービス(AWS)ジャパンは10月22日、ガバメントクラウドに関する説明会を開催した。地方自治体は住民基本台帳、国民年金、介護保険など標準化対象の20業務について、2025年度末までにガバメントクラウドを活用した標準準拠システムへ移行を完了することが求められている。住民の情報など、機微な情報を多く持っている自治体のシステムをクラウドに移行することは簡単ではない。
AWSが提供しているガバメントクラウド移行の支援策
AWSのクラウドはデジタル庁からガバメントクラウドに選定されているが、ガバメントクラウド先行事業及び早期移行団体検証事業を通じて、300を超える自治体がAWSを利用・採用しているという。
アマゾン ウェブ サービス ジャパン パブリックセクター官公庁事業本部 本部長 大富部貴彦氏は、「当社はガバメントクラウドを通じて、クラウドの価値を全国に届ける。これにより、ITインフラの標準化を推進する」と述べた。
同社は、ガバメントクラウドの推進に向けて、「クラウドスキルの育成」と「ガバメントクラウドの移行」を支援している。
前者としては、「都道府県別説明会」「月次オンライントレーニング」「ガバメントクラウド情報サイトの公開」を実施している。例えば、自治体の情報担当職員を対象とした都道府県別説明会は今年9月時点で、35道府県において開催したという。
後者としては、以下を実施している。
- ガバメントクラウド利用タスクリスト提供
- アプリケーション、ネットワーク、インフラに関わる事業者支援
- AWSプロフェッショナルサービスの提供
- クラウド見積もりの適正化支援
- AWSユーザーコミュニティ
自治体はクラウドに移行してコストを下げることも求められていることから、「クラウド見積もりの適正化」として、AWSからは見積もりで注意すべきポイントなどを紹介している。
大富部氏は、「クラウドは毎日使われているリソースとコストを可視化できるので、利用率を監視して、サイジングやサービスを見直すことで、クラウドの利用料の適正化を図りたい」と語っていた。
システム標準化は老朽化した基幹システムの課題解決の好機
ガバメントクラウドとしてAWSを導入している自治体の一つが名古屋市だ。名古屋市 総務局 行政DX推進部 デジタル改革推進課 課長補佐(システム標準化担当)高橋広和氏は、同市におけるガバメントクラウドの位置づけについて、次のように説明した。
「名古屋市は、『名古屋市役所DX』を実現するため、8つの基本方針を定めている。この基本方針に基づいて事業を展開しており、システム標準化・ガバメントクラウド移行はその一環と位置づけている」
高橋氏によると、同市の基幹業務システムは、次のような課題を抱えていたという。
- 稼働年数が長く、技術的負債が大きい
- マルチベンダーで個別最適化が行われており、全体最適が進まない
- 主要なオンプレミス環境である自営のデータセンターが老朽化により継続利用が困難
そこで、同市ではシステム標準化をこうした課題を解決する好機ととらえ、ガバメントクラウドを積極的に進めている。
迅速な意思決定のために単独利用方式を選択
名古屋市では、2022年度からガバメントクラウド移行に取り掛かった。2022年度は事前準備として、ガバメントクラウドの利用にかかる要件を検討するとともに、AWSのクラウドサービスに関する知識の習得を進めた。
2023年度から環境の整備を開始。まずは、税務総合情報システムから移行し、接続回線と統合運用管理補助者の調達を行った。2024年度に、住民記録システム、情報連携基盤システム、保険年金システム、福祉総合情報システム、児童福祉システム、就学事務等システム、選挙人名簿等システム、戸籍電算システムの移行が開始された。2025年度までに、システム標準化対象20業務のうち18業務が移行完了予定とのことだ。
高橋氏は、ガバメントクラウドの利用において検討すべき要件として、「ガバメントクラウドの接続回線」「移行過渡期の対応」「情報セキュリティ・個人情報保護」「クラウドサービスプロバイダー(CSP)の選択」「ガバメントクラウドの制約の中での運用」「委託する運用作業の範囲と調達」を挙げたうえで、「単独利用か、共同利用かを決めるのが最大のポイント」と述べた。
ガバメントクラウドの利用方式には、単独利用方式と共同利用方式がある。両方式の違いは運用の主体だ。単独利用方式は地方公共団体が主体となり、また、共同利用方式はベンダーが主体となる。
国は共同利用方式を推奨しているが、名古屋市は単独利用方式を選んだ。その理由について、高橋氏は次のように説明した。
「名古屋市が方針を主体的に決めることで、事業者側の調整事項を減らして、意思決定を速くすることを目指した。また、ガバナンス確保と全体最適化を実現し、クラウド利用のメリットを直接享受したいと考えた」
ただし、こうしたメリットがある一方、「クラウドのスキルの習得が必要となることがデメリットとなる」と、高橋氏は語っていた。
「システムの最適化」の実現により住民サービスも向上
さらに、高橋氏は、ガバメントクラウドによって実現したいこととして、「システムの最適化」と「可用性の確保、大規模災害対策」を挙げた。
システムの最適化
名古屋市の既存のシステムは個別にファイルサーバやコミュニケーションツールを調達するとともに、認証基盤を利用しており、セキュリティ対策もそれぞれ実施されていたという。端末のシステムごとに用意されており、一人の職員が複数の端末を使い分けていた。
ガバメントクラウドへの移行により、認証はシングルサインオンを導入し、ファイルサーバやコミュニケーションツールは一括調達し、セキュリティ対策も統合した形で行う。端末も全システム共通で使えるようにすることで、これまでの無駄を省くことができる。
高橋氏は、「システムの最適化を実現することで、間接的に住民サービスの向上も期待できる」と語っていた。
可用性の確保、大規模災害対策
また、オンプレミスで複雑なクラスタ構成の既存のシステムはRTO(Recovery time objective:目標復旧時間)が1週間以上、RPO(Recovery Point Objective:目標復旧時点)が1カ月以上となっていた。バックアップも月次で遠隔地に輸送していた。
ガバメントクラウドに移行して、AWSの東京リージョンと大阪リージョンを利用することで、回線は複数経路を整備して冗長化し、障害や災害時はバックアップリージョンを活用できる。必要に応じて、データベースはリアルタイムで同期できる。RTOとRPOも大きく改善し、最短でRTOが数時間、RPOが数分間となっているという。
高橋氏は今後期待したいこととして、「インターネット接続系でのシステム利用」「AI系サービスの公共分野での利用」「SASE/ゼロトラスト」「公共サービスメッシュや国・地方デジタル共通基盤の活用」を挙げていた。