【政界】首相は実力重視の布陣を作れるか? 岸田政権の行方を占う内閣改造

間もなく3年目に入る岸田政権が正念場を迎えている。マイナンバーカードの普及を急いだせいでトラブルが相次いだのは誤算だったが、内閣支持率が再び下落しているのは、それだけが原因ではない。新しい資本主義、防衛力強化、次元の異なる少子化対策などの看板政策を巡って、首相・岸田文雄の指導力が疑問視され始めたのだ。政権浮揚のカギを握るのは秋の臨時国会召集前の内閣改造・自民党役員人事。従来の派閥均衡ではなく、政策の実行力を重視した布陣を整えることができるかが問われる。

【財務省】22年度税収が過去最高に 24年の「防衛増税」は見送り

「日程的にきつい」

 昨年末に2023年度税制改正大綱を決めた時点で、こうなることは織り込み済みだったに違いない。

 政府は23~27年度で防衛費の総額を43兆円程度に増やす方針を定め、財源の一部を法人税、所得税、たばこ税の増税で賄うことにしている。ただ、自民党内の不満に配慮し、大綱は増税時期を「24年以降の適切な時期」とあいまいにした。

 伏線はまだある。政府が6月に閣議決定した経済財政運営の指針「骨太の方針」は「25年以降も可能となるよう、柔軟に対応する」と増税のさらなる先送りを示唆した。基本方針でここまで書けば、24年度からの増税は消えたも同然だった。

 7月13日に自民党本部で開かれた党税制調査会の非公式幹部会合(いわゆるインナー)は、そうした首相官邸の意向を追認する場になった。

「(来年)4月1日から実施するのは、スケジュール的には大変きつい状況になっている」

 会合後、会長の宮沢洋一は24年度の法人税増税はないことをあっさり認めた。

 宮沢の説明のポイントは、①来年4月1日に法人税を上げるには、この夏に党税調で結論を出し、秋の臨時国会で関連法案を成立させる必要がある②法人税の増税は4月1日からの会計年度で適用するのが一般的─という2点。①は時間切れ。②は、年末の税制改正論議を経て来年3月までに関連法案を成立させたとしても、法人税を4月から上げるのは難しく、年度途中の増税も適切ではないという意味だ。

 しかも、政府は所得税とたばこ税を法人税より先に増税することを想定していない。それぞれの税の特徴から、増税は最速でも所得税が25年1月1日、法人税が4月1日、たばこ税が10月1日からになる。

 しかし、それもあくまで机上の計算だ。

 国民の負担感を緩和するため、政府は3税を段階的に増税し、27年度から毎年1兆円強を確保することにしている。25年夏には参院選があるため、同年度からの増税には与党が納得しないだろう。諸般の事情を踏まえると、26年度と27年度の2段階で実施するプランが現実味を帯びてくる。

師匠は増税解散

 財務省が7月に発表した22年度一般会計決算によると、税収は前年度比6.1%増の71兆1374億円で、初めて70兆円台になった。税収増などに伴う決算剰余金は2.6兆円で、このうち1.3兆円を防衛力強化に充てる方針だ。

 税収は3年連続で過去最高を更新しており、24年度の増税見送りに大きく寄与した。自民党政調会長の萩生田光一らは早期に増税しないよう政府側をけん制してきただけに、岸田にとってはまさに渡りに船だった。

 当面の増税がなくなったことで、岸田が秋の臨時国会で衆院解散に踏み切る可能性は高まったという観測が永田町に広がる。立憲民主党代表の泉健太は7月の講演で「10月22日か29日投開票」との見方を示した。

 本当にそうだろうか。増額した防衛費を28年度以降も維持するには、税収の上振れにいつまでも頼るわけにはいかず、いずれは恒久財源としての増税が必要になる。岸田は昨年末、増税時期について23年中に決定すると表明しており、増税方針の白紙撤回はあり得ない。選挙になれば、野党は「増税隠し」と争点化を図るだろう。

 岸田が師と仰ぐ元首相・大平正芳は一般消費税の導入を掲げて1979年の衆院選に臨んだ。結果的に自民党は過半数割れしたが、有権者に正面から信を問うたことは後世、評価されている。岸田もまず増税時期を国民に示すことが、政治リーダーとしてあるべき姿ではないか。

 先の通常国会会期末に解散風が吹いたのは、自民党内で「解散が早いほど有利になる」という期待値が上がったからだ。しかし、同党のベテラン秘書は「負け幅は別として、解散していたら自民党は議席を減らしただろう」と冷静に振り返る。現場の肌感覚として、自民党にさほど風は吹いていなかったという。

 共同通信が7月14~16日に実施した全国世論調査で内閣支持率は6月の40.8%から34.3%に低下し、不支持率は41.6%から48.6%に上昇した。他社の調査も傾向は変わらない。5月に広島で開催した主要7カ国首脳会議(G7サミット)の効果はすっかりはげ落ち、岸田の判断はさらに難しくなったと言える。

「国交相」争奪戦

 岸田が政権を立て直すことができるかどうかは内閣改造・自民党役員人事にかかっている。

 昨年は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題を幕引きしようと人事を8月に前倒ししたのが裏目に出た。一昨年の人事は自民党総裁選の論功行賞色が濃い。つまり、岸田はこれまで、思い通りに人事を断行するチャンスがなかった。

 今回はどうか。最大の焦点は幹事長の茂木敏充だ。

 茂木は幹事長として昨年の参院選と今年の統一地方選を仕切り、副総裁の麻生太郎とともに岸田を支えている。閣僚経験も豊富で、「ポスト岸田」の有力候補なのは間違いない。

 来年のアジア太平洋経済協力会議(APEC)議長国のペルー、主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)議長国のブラジルなど3カ国を7月に歴訪した際には、「総裁選を見すえて訪問先を選んだ」ともささやかれた。

 一方で、児童手当の所得制限撤廃を首相官邸とすり合わせずに打ち出すなど、スタンドプレーが目立つ。自民、公明両党執行部のコミュニケーション不足も指摘されて久しい。岸田周辺は「幹事長は交代が望ましい」と漏らす。

 後任の幹事長には財務相の鈴木俊一(麻生派)や党選対委員長の森山裕(森山派)の名前が挙がっている。元自民党参院議員会長の青木幹雄が生前、目をかけていた小渕優子(茂木派)を起用すればサプライズだが、岸田もそこまでは考えていないだろう。

 茂木は麻生と良好な関係を築き、足場固めに余念がない。茂木派単独では総裁のイスに手が届かないからだ。麻生周辺は「岸田が来年の総裁選に出るなら、麻生は岸田を支持する」と語っており、岸田が茂木を引き続き重要閣僚で処遇すれば、大きな火種にはならないとみられる。

 党内基盤の弱い岸田が主要派閥の意向にとらわれずに人事をするのは容易ではない。最大派閥の安倍派は、元首相・安倍晋三の一周忌法要までに後任の会長を決めることができず、影響力が低下しているとはいえ、岸田が安倍派を冷遇すれば、コアな保守層の支持が自民党から離れるリスクを伴う。

 東京都内の衆院小選挙区の候補者調整を巡ってぎくしゃくした自民、公明両党の現状を裏書きするように、自民党からは国土交通相ポストの「奪還」を岸田に促す声が上がっている。

 12年末の第2次安倍内閣発足時に太田昭宏が国交相に就任して以降、同相は公明党の指定席のようになってきた。これに対し、自民党には「陳情に手間がかかる」といった不満がくすぶる。

 公明党代表の山口那津男は7月18日の記者会見で「過去いくつかの閣僚を経験したが、国交相は非常に国民生活に密着した、また経済にも大きな影響を持つ重要な役割だ」と、引き続き国交相を要求していく考えを示した。公明党の閣僚枠は一つなので「効果の大きいところをお願いする」と述べたのは、山口の不退転の決意の表れだろう。

 公明党はなぜ国交相にこだわるのか。自民党関係者は「あれこれ理由をつけても、結局は選挙対策だ。建設やトラックなど業界団体とのつながりができ、票にもなる」と解説する。だとすれば、支持母体の創価学会の集票力に陰りが見える公明党が簡単には手放さないだろう。

 人事を前にした「内紛」の表面化は、20年以上にわたる自公連立政権が岐路にさしかかったことを物語っている。

 同じ18日、訪問先のカタールで記者会見した岸田は人事について「何も決めていない。内政、外交の先送りできない課題に正面から取り組み、答えを出していくために適切な時期や内容を判断する」と語った。

早くも「補正」の声

 岸田はマイナンバーカードのデータを秋までに総点検するよう関係閣僚に指示した。政府は8月上旬に中間報告と対策をまとめる。マイナンバー制度に関する国民の不安を一刻も早く解消する必要があるのは言うまでもない。

 さらに電気料金、ガス料金、ガソリン代への補助金が9月末で終了する。10月からは値上がりが予想され、政権への打撃になりかねない。

 公明党幹事長の石井啓一は7月14日の記者会見で「必要とあれば(補助金の)延長措置をとるべきだ」と表明し、自民党参院幹事長の世耕弘成も18日の会見で「必要があればちゅうちょなく補正予算を作る。その前に予備費で迅速に対応する。二段構えで国民に寄り添った物価高対策を打っていくべきだ」と述べた。

 税収増を踏まえ、自民党内の積極財政派は早速、物価高対策を盛り込んだ補正予算案の編成を求めている。政府は24年度予算の概算要求で、少子化対策や物価高対策の予算については金額を示さない「事項要求」を認める方針で、与党から歳出拡大圧力が強まりそうだ。「経済再生と財政健全化の両立に努める」としてきた岸田の覚悟が問われる。

 年末にかけて政治課題は山積している。それを的確にさばく政府・与党の態勢をどう組むか。次の人事は、岸田にとって政権の浮沈にかかわる重要な意味を持つ。(敬称略)